第1話:災いを呼ぶ死神の石
第1話-1.呪いの宝石、留守番に飽きる
窓から夕日が差している。
フィオナは小さく欠伸をした。
すぐ帰るといったのに、トワルが戻ってこない。
店番を任されてから既に数時間が経っていた。
別に帰ってきた欲しいわけではないが、暇だ。
店の奥へ続く扉の方は鍵が掛かっていた。玄関の扉は開けられたので外に出ようと思えば出られそうだったが、こんな状況は初めてなので知らないところを歩き回るのはちょっと怖い。
棚に並んだ商品を眺めるのは多少の暇つぶしにはなったものの、大半が用途の分からないガラクタにしか見えないし、下手に触って壊したりしたら今度こそどんな目に遭わされるかわからない。そう思うとそこまで興味も沸かずすぐに飽きてしまった。
結果、
「たーいーくーつー……」
フィオナはカウンターにだらんと手を伸ばして伏せていた。
意味もなくカウンターをぺちぺち叩き、しばらく静止。それからのっそりと頭を上げる。
退屈は退屈だけど……こんなにのんびりしているの、どれくらい振りだったかしら。
フィオナはこれまでの持ち主のことをぼんやりと思い出していた。
恐怖に歪んだ顔、怒りや憎しみを浮かべた顔。哀願、怒号、罵倒。
宝石を手にした人間から最終的に向けられるのは大抵の場合そういった感情だった。
フィオナのせいで不運に見舞われ、幸福だった人生から転がり落ちたのだから当然の反応ではあった。フィオナ自身が意識して何かをしたわけではないが、あの宝石はそういうものなのだ。手にするだけで災いを呼び、持ち主を破滅に導いてしまう。
ただ、相手の立場を理解しているからといって毎度毎度負の感情をぶつけられるフィオナのほうは堪ったものではない。
そもそも、自分なら大丈夫と己の力を過信して呪いの宝石なんぞに手を出すのが悪いのではないか。
だからフィオナは宝石の持ち主が変わるたびに姿を見せて、さっさと自分を手放すように脅しをかけるようになった。
それによって宝石を手放して破滅から逃れられた者もいた。しかし大半はフィオナの警告を無視して所持を続け、やがてフィオナに呪いの言葉を投げつけながら死んでいった。
「………」
フィオナは今回の持ち主、トワルのことを頭に浮かべた。
今までもフィオナの脅しに抵抗しようとした人間はいたが、ここまでやり込められてしまったのは初めてだった。
そこまで考えて――なんとなく、自分の両手に目を向ける。
向こう側が透けて見えない手。呪いの力は全て封じられ、今のフィオナは普通の人間とほとんど変わらない。
最初は変な感じだったが、今はもう昔からずっとこうだったかのようにしっくりきて違和感がない。
少し怖かったし腹も立ったけれど、誰かとまともに言葉を交わしたのはいつ以来だろう。
さっきはとんでもない奴に宝石が渡ってしまったと思ったけれど、思い返してみるとそこまで悪い人間でもない気がする。
しかし、だからこそ、この状況から逆転しなければ。
どうにかしてこの御札を剥がして、トワルが降参して宝石を手放すように仕向けなくてはならない。
トワルだから、というわけではないが……これ以上、自分のせいで誰かが破滅するのは見たくない。
それに、散々くすぐられた仕返しもしてやらなきゃ気が済まないし。
「あれ?」
そういえば、とフィオナは気づいた。
五感の共有によるむずむず、ほとんどしなくなっている。
身体が慣れてしまったんだろうか。
それとも、ある程度以上離れたら効き目がなくなるとか?
と――その時、カランカラン、と玄関の扉が開いた。
フィオナはハッとして立ち上がり、
「お帰りなさい。フン、随分遅かったじゃないの」
と、少し怒ったように言った。
だが、店に入ってきたのはトワルではなかった。
「おや、誰かな君は」
腰に剣を提げた軍服姿の女がフィオナを見て言った。
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