プロローグ3.質屋の店主、行方を探す

 トワルが店を出たのは、宝石を売りに来たあの浮浪者のような男を探すためだった。

 あの宝石の出どころや、手に入れた経緯などを聞きたかったのだ。

 商売柄、基本的に質入れに来た客の素性には踏み込まないようにしているが、さすがに今回は事情が違う。

 なにしろ伝説級の呪いの品で、しかもはっきりと意識のある人格まで付いている。

 そのまま倉庫に放り込んでおくわけにもいかないし、何かしら処置が必要だ。そのためには少しでも多く情報が欲しい。

 店の周辺を探してみたが、もうこの辺にはいないようだった。

「となると……自分で闇雲に探すよりは専門の奴に頼んだほうがいいか」

 トワルは街の中心部のほうへ歩いて行った。

 といっても、用があるのはそこではない。

 賑やかで多くの人々が行き交う中央通り。トワルが足を向けたのは、中央からさらに北へ一つ区画を移動した先の裏通りだった。

 街の中央からそれほど距離が離れていないというのにこちらは別の世界のように活気がない。辺りにはゴミが散乱し、ぽつぽつ見える人影も、ならず者や浮浪者、孤児などがほとんど。

 表通りから聞こえてくる楽しげな音が却って寂寥感を覚えさせる。

 金さえあれば天国だが、無一文になれば一転地獄に変わる。

 それがこの街の一つの顔なのだ。

 まあこれは他の街でも、恐らくはトワルが元いた世界でもそう変わらないのだろうが……。

 トワルは裏通りを歩き続け、一軒の酒場に入っていった。

 ウェーランド亭。貴族はもちろん庶民すらほとんど近寄らない、少々行儀のよくない連中がメインの客層の店だ。

「おや、珍しい顔だな」

 トワルの顔を見て暇そうにしていた店主が声を掛けた。

 時刻は昼の食事時をとうに過ぎている。この時間だとさすがに客はほとんどいない。

 トワルは店長の指した席に座ると銀貨を数枚出して、

「酒以外で適当に見繕ってくれ」

 店主は渋い顔をして、

「酒場なんだから酒頼めよ。飯だけじゃ儲けにならねえ」

「帰ってから仕事が残ってるんだよ。酒なんか入れたら手元が狂う」

「まったく、どんどん師匠に似てきやがって……」

 ぐちぐち言いながらもテキパキと調理を始め、あっという間に数品作ってしまった。

 一枚の皿に大雑把に盛り付けし、トワルの前に差し出す。

「ほらよ。余りもんで悪いが」

 野菜炒めに鳥の甘辛煮、あと卵焼きが添えられている。

「どうも」

 トワルは鶏肉を口に運びながら、「情報屋は?」

 ここを訪ねた目的は食事ではなく、人探しを得意としている知り合いに依頼を出すため。

 食事を頼んだのは口添え料のようなものだ。

 ところが店主は、

「シルマリか? あいつならいないぞ」

「いない?」

 店主は頷いて、

「一週間ほど前に街を出たっきりだ。最低でも二ヶ月は戻れないって言ってたぞ。どうもベルカークさんからの依頼らしくてな、恐らくドラウド国絡みだろう。近頃物騒な噂をよく聞くし」

「そうか……参ったな。なら自分で探すしかないか」

「何かあったのか?」

 トワルは二つ目の鶏肉に手を出しながら、

「うちに呪われた品を持ち込んだ奴がいるんだよ。知らない顔だったから最近この街へ流れてきたんだと思うんだけどさ。もし見慣れない奴がここへ来たら教えてくれ。もちろん礼はするから」

「呪いの品だあ? 引きこもりのお前がわざわざ動くなんて余程やばいもんなのか?」

「引きこもり言うな。真面目に店番やってるだけだよ」

 トワルはじろりと店主を見てから卵焼きにフォークを突き刺した。「持ち込まれた品自体はそこまで危険な代物じゃない。ただ、解呪する必要があるかもしれないから少しでも情報が欲しいんだ」

 本当は伝説級の呪いが掛かった代物だが、さすがに今の段階で軽々しくは話せない。

 店主はトワルをじっと見つめて、

「解呪って……お前、師匠みたいに厄介ごとに首突っ込もうとしてるんじゃないだろうな?」


 トワルの師匠、オーエン。トワルが現在営んでいる質屋の先代店主にして、トワルの育ての親。

 良く言えば好奇心旺盛、悪く言えば本能で動くタイプで、利益度外視で自分の欲しいものに金を積んだり、質に持ち込まれた品に関わる荒事や陰謀に自分から首を突っ込んで引っ掻き回したりというとんでもない男だった。

 彼を知る人々は揃って「迷惑な爺さん」という共通認識を持っている。


「師匠と同じ真似する度胸なんかないよ」

 トワルは野菜炒めに手を出しながら顔をしかめた。「まあ、うちに転がってきたのも何かの縁だからな。できる限りのことはしてやりたいのさ」

「その呪いとやらさえ解ければ相当高く売れそうなのか」

「ま、そんなとこだ」

「ふーん……」

 店主はわかったようなそうでないような曖昧な顔で頷いたが、「そういやお前、店はどうしたんだ?」

「問題ない。店番頼んであるから」

 すると店主は少し意外そうに、

「お前、そんな知り合いいたのか」

 トワルは返事に窮した。

 宝石から出てきた女に任せてる、なんて答えたら却って説明が面倒になりそうだ。

「……呪いの品絡みで知り合った女がいるんだよ。フィオナっていう子で、俺も詳しい身の上は知らないんだが」

「女の子だって……?」

 店主は一瞬ポカンとしたが――やがてニヤニヤと笑みを浮かべた。「そうかそうか、そういうことか。いや、まだまだガキだと思ってたがお前もいつの間にかそんな歳になったんだな」

「なんのことだ?」

「要するに、その子にいいところを見せたいんだろ?」

 トワルはむせ返った。

「な、なにを――」

「いいっていいって。そういうことなら全面的に協力してやる。見慣れない奴が来たら連絡すればいいんだな?」

「………」

 店主はすっかり訳知り顔である。

 こりゃ何を言ってもダメだ、とトワルは思った。

 これ以上ウザ絡みされる前にさっさと食べて退散するに限る。

「それじゃ頼んだぞおっさん」

 野菜炒めの残りを片付けるとトワルはさっさと店を出ていこうとした。

 しかしそれを店主が呼び止めて、

「ちょっと待て。まだ残ってるぞ」

 皿の上に野菜炒めのピーマンと人参が残っている。

「俺がそいつら嫌いなの知ってるだろ」

「知ってるから入れたんだよ。お前ただでさえ偏食なんだから食える時はちゃんと食え」

 店主はニヤリとして、「好き嫌いなんかしてたら女の子に嫌われるぞ」

「………」

 トワルはピーマンと人参を噛まずに無理やり呑み込むと店を後にした。

 そして歩きながら頭を抱えた。

 完全に勘違いをされてしまっている。

 あの口の軽い店主のことだ。

 絶対他の連中に喋る……。


 確かにあの宝石からフィオナが現れた瞬間、その姿に目を奪われたのは事実だった。

 好みじゃないのかと聞かれたら好みだと答えざるを得ない。

 しかし、それが理由でこんな手間を掛けているのではない。

 これはいわばオーエン質店店主としての――いや、あの人の弟子としての矜持のようなものだ。


『一度買い取ったものは最後まで自分で責任を持て』


 それがトワルの師匠、オーエンからの教えの一つだった。

 無茶苦茶な人ではあったが、商売事に対してだけは本当に真剣な人だった。

 あの人の店を継いだ以上は中途半端な仕事はできない。

 だから呪われた宝石を買い取ったのなら、他人の手に渡っても問題が無いよう解呪の方法を模索する。

 今の自分の技量で可能かどうかはわからないが、あっさり手放すわけにはいかない。

 つまりあの店主の言うように「フィオナにいいところを見せたいから」などという理由で動いているわけではない。

 そんなつもりは微塵もない。断じて。決して。



 それに。

 あの宝石の呪いを解くということは、この手でフィオナをこの世から消滅させるということなのだ。

 だから必要以上に関わってもきっとお互い碌なことにはならない。

「……全く、どうしたもんかな」

 空を見上げながらトワルは呟いた。

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