第99話

 真っ暗闇の中に放り出された。

 死を覚悟したのに、まだ自分の意識があることに驚く。


(ここは、なんだ?)


『ここは神の一部』


 テオドールの思念に誰かの声が反応する。その声は男にも女にも聞こえ、子供ようにも老人のようにも聞こえた。


「誰だ、あんた」

『ヴェーラ』


 戦神ヴェーラだということらしい。肉体が無いことが残念だ。あれば、一発ぶん殴っている。


『そんなに嫌わないでほしいですわね。僕は君を愛しているんだぜ?』

「俺は愛してない」

『契約したじゃん?』

「西部に生まれたら、問答無用で戦神ヴェーラと契約させられるんだよ。戦のことしか頭に無いからな」


 そもそもアドラステア王国の王都にヴェーラ神柱があるのだから、国民の半数以上がヴェーラと契約する。西部の場合、それが九割を越えるだけだ。


「カズヒコ様のパワーアップはあんたの仕業か?」

『然り』

「マジ死ねよ」

『だって、つまんなかったんだもーん。おめぇが悪ぃ。あんな、つまらん詰み方してよ。魔王を暗殺なんて、面白くありませんわ』

「正々堂々やってたら、こっちが不利だっただろうが」

『勝敗のわからない勝負を見たいのよ。そっちのほうが面白いと思いませんこと?』

「あんたらは面白いかもしれないけど、俺は御免だね」


 つきあっていられない。


「先生……ヴァーツヤーヤナは生きてるのか?」

『彼女はまだ元気だよ』

「じゃあ、なんでカズヒコを使徒にした? 使徒は神につき一人ってルールだろ?」

『正確にはカズヒコさんは使徒ではありませんわ。神獣ってところだろうな』

「なんだよ、神獣って」

『肉体を持たない荒ぶる魂。生きとし生ける者にあだなす存在。真の魔王』

「……神様が作るにしては剣呑すぎないか? ものすごい被害が出そうじゃん」

『いくつか国は滅ぶだろうな。そこが面白い!』


 腐ってやがる、と思った。

 神にしてみれば、人の命など娯楽の駒でしかないのだろう。


『このままだと貴様は死ぬぞ、テオドール・アルベイン。だから、ウチが力を貸してやるっちゃ。復活アンドパワーアップ!』


 要するに、神を楽しませるために復活してカズヒコと戦えということなのだろう。


「全力でお断りさせていただきます」

『なぜ?』

「先ず、俺はあんたが嫌いだ。死んでほしいと本気で思ってる」


 どうせ死ぬのだから、今さら神に対して不敬だとかは気にしない。


「死ぬほど嫌いな奴に助けてもらいたくないし、恩義を感じたくはない」

『ほう……でも、結果、君が死ねば、カズヒコは君の大切な人々を殺すよ?』

「俺は他人の命に責任を持てるとは思ってないし、仮に俺が死んだあと、アシュレイたちが死んだとしても、俺に文句は言わんだろ」


 そんなことを言う奴をテオドールは好きにはならない。


「自己責任とまでは言わんが、俺は俺にできる限りのことをした。その結果の敗北にまで文句言われたくはないよ」

『君の妻たちはどうする?』

「……リュカやレイに対しては罪悪感はあるよ。でも、人生なんて全てが思いどおりになるわけじゃない。人は結局、どこまで行っても独りなんだし」


 時には支え合うのは必要だと思うが、自力で立てない人をテオドールが愛したりはしない。少なくとも、リュカとレイチェルはテオドールに依存するほど弱くはないはずだ。


『自分の人生に後悔は無いと?』

「そんなのあるに決まってるだろ。吟遊詩人にはなれてないし、まともな詩も作れてないしさ。不能じゃなければ、リュカやレイをきちんと抱きたかったよ」

『……だったら、どうして僕の手を取らない?』

「だから何度も言ってるだろ。俺はあんたが嫌いなんだよ。心底嫌いだ。だから、力を借りるつもりは無い」


 そもそも奇跡の逆転劇というのがムカつくのだ。それに対応する側にしてみれば、理不尽すぎるだろ、と思う。だからというわけではないし、カズヒコに対して後ろめたさなんて皆無だが、気に入らなかった。


 カズヒコと同じようなモノになりたくないというのも大きい。


『死ぬよ?』

「……俺の生き死には、あんたが決めることじゃない」


 それに、こうやって冷静に考える時間ができて、いろいろ思いついたことがある。


「俺が死ぬって、まだ決まっちゃいないだろ」


 ヴェーラは何も言ってこない。


「なんでも神様の思いどおりに行くと思うなよ」

『ははははははははは!!』


 いくつもの笑い声が重なって聞こえてきた。


『すばらしい! エクセレント!! それでこそですわ!! マジたまんねーな!!』


 嫌いだと言ったのに、すごく嬉しそうな反応だった。


『わかった。貴様の申すとおり、吾輩は、お前さんに力を貸しませんわ。神に対して吐いた言葉、忘れるんじゃねーぞ?』

「あんたを楽しませるのは癪だけど、俺はまだ死ぬ気は無いよ」


『期待しとくよ、我が愛しのテオドール』

「気持ち悪いので、他の人を愛してくれませんか?」


 闇の中で光りが爆発し、再び目の前にヒルデがいた。

 ヒルデはテオドールを抱きかかえながら「死ぬな!」と叫んでいる。


(怒るかな? 怒るだろうな……)


 と、かすかに逡巡するが、今は一秒でも時間が惜しい。


 テオドールはヒルデの後頭部に手を回すと、そのまま強引に唇を奪った。

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