第98話
爆発音と同時にリリアの援護射撃が消えた。
今のテオドールに救援に向かう余裕さえ無い。怪物と化したカズヒコは、最早定形を持たず、まるで魔物のスライムのように様々に変形し、攻撃をしかけてくる。
無数の刃が迫り、無数の槍が飛んでくる。
その全てをどうにか躱したと思えば、様々な箇所から極太の
(対応させすぎた……)
カズヒコは戦いながら進化している。テオドールとアシュレイだけで戦っていた時は、まだ人の姿で対応していたが、そこにリリアとヒルデが混ざってからは、人の形を捨てたほうが効率的だと判断したのだろう。
ムカデのような足を持つ大きな岩のような形であり、その表面からは一瞬で無数の触手や棘が生えて攻撃してくる。
人型の時は口の前から放っていた
(倒すなら速攻で倒さないといけなかったな……)
これだから転生者は嫌なのだ。
追い込めば追い込むほどクソ粘ってくる。感情的になれば普通はスペックが落ちるのに、その感情を契機に更に能力を向上させたりする。
まるで逆転劇を描くための舞台装置かのように。
「アルベイン!! なにか策は無いのか!?」
ヒルデの怒声。さすがのヒルデも限界が近いのだろう。そんなの、テオドールだって同じだ。そのうえ、リリアの援護が消えたため、目の前の戦闘に脳の容量を割かなければならない。
アシュレイもアシュレイで限界が近い。ヒルデがフォローしているが、もって数分と言ったところだろう。
(しかたがない。先を考えるのはやめるか……)
新魔術の構築は進めているが、このままだとじり貧なので、どうにか形成を変える必要がある。
(魔力は取っておきたかったんだけどな……)
一瞬だけ、全容量を戦闘に向ける。莫大な魔術式を一瞬で構築。
カズヒコの頭上で稲光が生じはじめ、黄金の塊と化す。雷光が重なりあり、まるで純金のオブジェのようだ。
稲光の鉄槌がカズヒコへと落とされた。
――
テオドールにとって今できる最大火力の大魔術。
雷が生じる三万度超の熱と電撃をまとめて叩きつける大技である。それが生き物である限り、巻き込まれれば生き残れる道理が無い。
頭が痛む。魔力切れの兆候だろう。
平時でさえ、最大魔力量の過半を使うのだ。
だが、その甲斐あって、カズヒコの動きは止めることができた。未だに雷の牢獄は雷鳴をとどろかせながら、カズヒコを覆っている。
「アシュレイ!! リリアたちを確認! ヒルデは体勢を立て直せ! 長くは保たないぞ!!」
言われてすぐアシュレイが駆ける。リリアはテオドールのほうへと駆けてきた。テオドールはテオドールで新魔術の開発にリソースを振り分ける。
「なんだ、この魔術は……いや、魔術なのか?」
「俺の奥の手だよ……」
「こんな魔術、なにに対して使うつもりだったんだ?」
人間相手にオーバーキル過ぎるということだろう。
テオドール的には、いつか神と出会った時にぶちかましてやろうと思って開発しておいたものだ。
「ただ、まあ、時間稼ぎにしかならないし、俺はそろそろ魔力切れだ」
「バケモノどもめ……」
忌々しげにつぶやかれた。
「貴殿はまだ戦えるか? ヒルデ」
「生きている限りは戦えるさ。それが騎士というものだろう?」
西部騎士だなぁと思う。だが、そういう反面、負傷が目立った。応急処置で対応しているようだが、治りきっていない。
「さて、そろそろ対処してくるだろうな、カズヒコ様は……」
「これで無理ならどう倒すつもりだ?」
「倒しはしないよ。無理だから」
カズヒコがハリネズミのように棘を全方位に伸ばすと、雷が消失した。巨大なカズヒコの顔が生えてきて、テオドールたちを見ながら笑った。
『ははははは! 今のが奥の手か!? さすがに食らった時は面食らったが、もう効かんぞ! テオぉぉぉ!!』
ヒルデが舌打ちを鳴らす。
「どうする? 逃げるなら言え」
「逃げもしないよ」
脳のリソース全てを戦闘へと向ける。
「――封じるだけだ」
新魔術の構築は終了。
魔術式を展開。
カズヒコの足元にあった影がせりあがってくる。
『なんだ、これは! なにをしたテオドール!!』
棘を伸ばしてくるが、テオドールの寸前で止まり、地面から伸びてくる影に巻き取られていく。
「物理的に破壊もできないし、魔術でも殺せない。となれば、別の形で無力化するしかないだろ? 封印ってやつだ」
『そんな、貴様!! 卑怯だぞ!! 俺と戦え――』
叫んだ形のまま影に飲まれて固まっていく。
「さんざん戦っただろ。お前は強かったよ。普通に俺より強いと思う。でも、
テオドールはトントンと自分の頭を指でつついた。
「――弱いみたいだな、カズヒコ様」
カズヒコの形をした黒いオブジェができあがった。
テオドールは残心しつつも深い吐息を吐く。
「おい、アルベイン。なんだ、これは……」
「封印魔術ってやつ? 相手の魔力を利用して、自分の魔力と反発する壁のようなモノで覆う魔術。自分の魔術だと破壊は絶対にできない。要するに内側からは絶対に破壊できない魔術ってわけだ」
「外側からは?」
「できるよ。だから、今度は、この上から外部要因を遮断する封印をしないといけないってわけ。でも、さすがに疲れた。一度寝ていいかな? 魔術疲れで、もう限界だ――」
トンと何かが通り過ぎる。
それが黒い棘だと気づいた瞬間、テオドールの体は触手に投げ飛ばされた。
「アルベイン!!」
胸を貫かれていた。
(ああ、これ、ヤバい……心臓が……壊された……)
この損傷の治療は
魔術式を展開するも、不発。
魔力が足りない。ヒルデも
「おい、アルベイン!! しっかりしろ、アルベイン!!」
ヒルデが駆け寄ってくる。その背後で封印魔術を破壊し、自由になったカズヒコの姿が見えた。
『どうした、テオドール!! まさか、この程度のことで俺を倒せるとでも思ったのか!? どうした!? なあ、今、どんな気分だぁ!? なあ、テオドール!!』
めちゃくちゃ楽しげな声で煽られた。さぞ、いい気分だろう。半面、こちらの気分は最悪だ。悔しさというより、さすがに絶望感しかない。
『ははははは!! 今度は俺がお前の死体を保存してやろう。ひゃはははは!! 貴様の死体の前で貴様の仲間、親類縁者! あらゆる奴をいたぶって殺してやる!! ひゃははははは!!』
デタラメすぎる。
こんなの、どうやって倒せと言うのだ……。
「死ぬな、アルベイン!!
多少、血の流れる勢いは止まったが、傷が消えるわけではない。貫かれたのではなく、抉られたため、心臓の一部が欠損している。
「ヒルデ……」
アシュレイとリーズレットを連れて逃げろ、と言う前に血が足りなくなる。視界が真っ黒に塗りつぶされていく。
死への恐怖は無い。
これまで、たくさん人を殺してきたのだから、殺されることだってある。
ただ自分の順番が来たのだと思っただけだ。
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