第97話

 リリアは木に身を隠しながら神機オラクル咒罵殺尽槍レムレースを構える。カズヒコの軍勢が持っていた銃と呼ばれる兵器と似た形をしたそれを、肩に当てながら銃口をカズヒコへと向けた。


 瞬間、眼前に赤い半透明の円が生じ、標的に目印をつける。

 あとは引き金を引けば、呪殺の術式が乗った不可視の魔力弾が放たれた。カズヒコ軍との戦争でも咒罵殺尽槍レムレースは猛威を振るっている。先ず、弾丸が見えないため、躱しようが無い。当たった者の魔力を浸食し、呪殺の術式によって標的の魔力を暴走させ、対象の命を奪う。しかも、厄介なことに一度に最大で十の標的を狙うことができた。


 テオドールやヒルデなど、常軌を逸した実力者に効果があるかは試していない。失敗した時、確実にこちらが死ぬ運命になるためだ。


(ま、ここまで来たら、協力するしかないんだけどねぇ……)


 リリアはヒルデを暗殺しようとしていた。だが、リーズレットに邪魔され失敗に終わっている。面倒なことにその事実をリーズレットに知られてしまっているというオマケつきだ。


 結果的にリリアはリーズレットの命令には逆らえなくなり、今に至っていた。何度かリーズレットの暗殺なども考えないではなかったが、正しい決断を下すので、逆らう理由もない。それに、もしリーズレットが死ねば、次はテオドールと戦わなければならなかった。

 それは御免だ。


「その神機オラクル、あの魔物? バケモノにも効果あるみたいだな」


 シローの言葉にリリアは「ま、すぐに再生してるけどね」とため息まじりにつぶやく。


「呪いで再生とかありえなくね? 魔力ってか存在腐らせる系じゃん?」


 シャンカラが疑問に思うのも無理は無い。

 呪いは物理的な破壊ではない。精神や魂、魔力と言われるモノを根っこから破壊する。そのため、呪いを返すのは難しいし、何十発も打ち込んでいるのに、倒れないのは、バケモノ以上のバケモノだ。


「てかさ、あれ、なんなん?」

「知らねーよ」


 シャンカラとシローも増援として派遣されてきたのだが、明らかに異次元な戦闘だった。上級冒険者や神機オラクル使いでなければ、あの怪物とまともに戦えないだろう。


 だから、リリアも隠れながらチマチマと遠くから狙撃を繰り返しているのだ。


「あ、魔力反応。こっちに狙い向けてる!」


 シャンカラの言葉にシローがリリアの体をつかむ。そのまま身体強化オーガメント慣性操作イネルコンで跳んだ。

 先ほどまでいた場所を光の帯が通り過ぎる。


「こっちの位置がバレたな……逃げるか?」

「シローの言うとおり! 勝てなさそうじゃない? 今の反応もけっこうギリギリじゃん?」


 シローとシャンカラの声を聞きながらリリアは体勢を立て直し、再び咒罵殺尽槍レムレースを構えた。


「あんたらが逃げるのは止めないよ」


 リリアの発言にシローとシャンカラが驚いた顔をしていた。それも無理も無い。


「勝ち馬に乗っておいしいところだけ頂くって計画は変わっちゃいないさ」

「だったら命かける必要無くねーか? この戦争でわかったけど、その神機オラクルあれば、最悪、俺たちだけは外に逃げられるだろ?」

「シローの言うとおり! 逃げるチャンスは今っしょ?」


 たしかにシローとシャンカラの言い分は正しい。

 冒険者なんてモノは、もともと自分や仲間の利益のことしか考えていない。この戦争だって、巻き込まれた結果だ。カズヒコ軍に下ってもよかったが、悪い噂しか聞かないクズの下で働く気になれなかっただけだ。


「まだ決断は早いよ。ここで逃げて西部騎士どもに殺されるのは御免だね」

「最悪、話せばわかってくれるだろ?」


 シローには視線を向けず、神機オラクルの照準を合わせ、引き金を引く。


「へこへこ負け犬の顔でご機嫌をうかがうのは、もう御免なんだよ」


 どうして意地になっているのかはわからない。だが、神機オラクルを手にして、自分でもやれそうな気がしているのだ。

 勝てずとも、あの怪物じみた連中と肩を並べながら戦い抜けたら、自分も特別な存在になれる気がする。


(まるで現実知らない駆け出しみたいだね……)


 自嘲気味に笑う。

 この世界には、才能の壁というものがある。どれだけ努力をしても、越えられない領域というものがある。持っている頭や身体能力からして違うのだ。


 リリアも中級冒険者という立ち位置が才能の打ち止めだと思っていた。

 だが、神機オラクルを手に入れて、自分も才能の壁を突破できるような気がしたのだ。借り物の力だということは理解している。ダンジョンから外に出れば、国に没収される力だ。


 それでも――


「あの天才どもに貸しを作るのは面白そうじゃないか」


 シローがため息をついた。


「どうする、シャンカラ? リーダーがやる気だぞ?」

「あーしはリリアがやるってんなら、つきあうけどさ、ぶっちゃけ、あーしらいるだけじゃん?」

「それな――」


 シローが苦笑いを浮かべた瞬間、全力で魔術障壁を展開した。


 炸裂音と衝撃に体が吹っ飛ばされる。なにが起きたかは理解できない。体が宙を舞う。バウンドしながら転がり、あおむけに倒れた。


(魔術……か?)


 耳鳴りがしている。立ち上がりたくても体がうまく動かない。痛みを感じる余裕さえ無い。咒罵殺尽槍レムレースに手を伸ばす。


(クソ……)


 先ほどの攻撃のせいか、神機オラクルが折れるように破壊されていた。それどころか、右腕の肘から先がひしゃげ、骨が皮膚から突き出ていた。


(やっぱり逃げとくべきだったかね……)


 強引に体を起こせば、腹部からも血が流れているのが見えた。


(シロー……シャンカラ……)


 自分の決定のせいで死んでしまったかもしれない。シャンカラ辺りはとっさに反応していそうだったが、シローはどうだろうか。あの瞬間、リリアとシャンカラを守るように身を挺していたのが見えた。


(逃げときゃよかったね……)


 魔術を一撃くらって全滅。あまりにも強さのステージが違う。自分たちが戦える相手じゃないのだ。


(ほんと、嫌になるよ……才能の差ってのはさ……)


 勢いよく血が流れていく。意識が落ちそうになる。


(しょせんは借り物の力か……)


 己に失望しながら死ぬのは嫌だな、と思うが、もう指一つ動かす気力さえリリアには無かった。

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