第50話 山師のゾン
「……あの山師のゾンを覚えているか?」
佐々木豊はしばらく宙を眺めていたが、その名に思い当たったらしく頷いた。山師のゾンとは、中学時代に巷で噂になった男だ。銃砲店の店主として、裏で猟銃を貸し出していた。むかしは矢河原町から数キロ走れば、猪を撃てる環境があったのだ。猟銃を撃ちたがる不良たちから、ゾンは金を受け取っていた。
「まだ、あの店はあるかな?」
「あるはずだ」
佐々木が、ゾンの銃砲店への道をナビゲートした。
すっかり年月を経た木造住宅の二階、汚れて読めない看板に「遜銃砲店」とあった。店は開いていなかった。もとより、ゾンは昔から常連客しか相手にしないので、店が定時に開いているはずもなく、神原と佐々木はガラス扉を叩いた。
神原の記憶よりもごっそりと頭髪を無くした老人が奥から顔を出した。ガラス越しに、「誰だ?」と言っているのが分かった。
おお、まだ生きていたか。
神原が、警察手帳をガラスに貼り付けた。地下ホームで高倉が落としたものだ。もちろん、ゾンが名前を確認できないように、神原は手帳をすぐに懐に引っこめた。
「こんな朝早くから、何の御用です?」
警察に脅える理由があるのか、扉から顔を出したゾンの声は震えていた。
「簡単な事情聴取だ。この町で、事件が重なったのは知っているだろう?」
それが何か?という顔をして、ゾンが神原と佐々木の姿をしげしげと眺める。泥だらけの二人の男を怪しいと思ったようだ。
全身の服の汚れを今さら隠せない。神原はむしろ堂々とした。
「不審者がこの近くに紛れていると通報があった。お宅を調べたい」
「滅相な。そんなヤツ誰も来やしませんよ。ずっと鍵を閉めていたんだ。警官に上がりこんで欲しくない。ちゃんと令状はあるんですか?」
「任意調査だよ」
「令状もないのに、入れられるか!」
神原の嘘にゾンが必死に抵抗する。
「いいから、奥に行きなさい。逆らうと、むしろ何かあるんじゃないかと思う。もしかして、警察に発見されちゃ困るものがあるんじゃないか?」
「じょ、冗談じゃないよ。いきなり押しかけて、いろいろ調べられてたまるもんか。怪しい人間なんて、誰も来てない。帰ってくれ! あんたら本当に警察なのか?」
「いま手帳を見せたろう。ごちゃごちゃぬかすんじゃない!」
「ちょっと待て、警察に電話してみる。あんたらの名前をもう一度教えてくれ」
ゾンは、ガラスケースの上に置いてある電話に向かった。今どき珍しいダイヤル式の古い黒電話だ。
神原はいらいらしながら、ついにゾンを押し退けた。ついでに受話器をコードから引き抜いた。
「何をする!」
神原は、店の奥に向かった。店内には様々な猟銃が飾られているが、ほとんどが偽者でただの飾りであることは分かっていた。昔、友人に誘われてこの店を訪れたとき、当のゾン本人が本物は金庫に隠してあると言ってたのだ。
その背の高い金庫はまだあった。長銃を隠せそうな巨大なものだ。
「番号は?」神原がゾンに言った。
ゾンの顔色が途端に青ざめるのが分かった。
「あ、あんたら警察じゃないな。泥棒か!」
「特別なのは、弾といっしょに隠してるのは知ってる。さっさと番号を教えるんだ」
「あ、あんたらどうしてそんなことを知ってるんだ?」
すっかり震えているゾンにたまりかねたのは、神原だけではなかった。佐々木は、電話の傍らに置いてあった電話帳を持つと、いきなりガラスケースを割った。その音に飛び上がり、ゾンは六桁の番号を答えた。
「そりゃ、何の番号なんだ?」
「わ、わしの誕生日だ」
「おいおい。おおかた銀行のキャッシュカードも同じか。詐欺に気をつけろよ」
神原は微笑んで、鍵を回した。ずしりとした重みを持つ扉が開き、中から数多くの銃が出てきた。小さな町には多すぎる銃の数だ。アメリカ映画に出てきそうなショットガンや狙撃用ライフルも見えた。どうやって密輸入したのか。
「モデルガンもあるな。まともに使えるものはあるか?」
「ま、まともって?」
「ちゃんと殺せるやつだ」
「け、警察が何で……誰を殺そうというんだ」
「人を撃つんじゃない。おまえさんの想像つかないのが相手だ」
「猟銃しかないよ」
「おれたちの相手は獣だ」
神原は、二丁を掴み、持てるだけの弾丸をコートのポケットに放りこんだ。
「きょ、許可証は持ってるのか、それが無けりゃ撃てんぞ!」
ゾンが言った。
「よく言うぜ。中学生に一発千円で撃たせていたくせに」
ゾンは唖然として、神原の顔を見た。
「……わしらは知り合いか?」
「いや、そうじゃない」
「遊ばせてやったのに、まさか押し入って泥棒の真似をするとは。ましてや警官のフリをして!」
「おいおい、フリじゃないよ。昔は刑事だったんだ……それに泥棒じゃない」
神原はポケットをまさぐった。あった。神社を訪れたときに、水口老人から預かった黄金だ。電車の切符ほどに薄いが、銃の代金くらいにはなるだろう。
(……そういや、おれに武器が必要になると老人は言ってた。このことを予期していたのだろうか?)
神原はゾンに金を放ると、店を出た。まめに手入れされていたらしく、猟銃は新品同様に黒光りしていた。
「撃ち方は、分かるか?」
佐々木が神原の言葉に頷いた。
「ああ。弾を込めて引き金をひく。それだけだろう?」
「物知りのきみに、今度はおれが教えよう。正確には、銃床を持って開閉レバーを明け、弾丸を込める。手動の安全装置を外して撃つ。銃ってのは、撃つとき必ず反動がある。銃の怪我で多いのは、その衝撃で顎や肩を傷つけてしまうことだ。だから、反動に逆らわないように、それでいてしっかりと握る。目標から目を離さず、銃口を相手に向け続けるのがコツだ」
「さすが警察官だな。鉄砲を撃ったことがあるのか?」
「いや……実は、訓練時代の経験しかない。それもニューナンブ回転式拳銃だけだ。アメリカ映画みたいな銃撃戦に巻きこまれることは、日本じゃ今のところ考えられないしな。猟銃は中学時代にゾンに習ったきりだ」
「こういうのは、撃つのに許可がいるんだろう?」
「日本じゃ、当然だな」
「ゾンはどうやって、あんなにたくさんの銃を手に入れたんだ?」
「噂では……かれの親戚は政治家らしい。裏のルートがいくらでもあるんだろう。店にいたときに尋ねれば良かったな。あの店も表向きは銃砲店だが、地下ではカジノを開いていた。だから、学生のおれたちにも山師と呼ばれてたんだ」
「とんだイカサマ野郎だな」
「あらゆる違反をクリアする方法を知ってるのかも。銃に関しては、スポーツ射的をはじめ、害獣駆除や狩りの為にしろ、無許可で持っていれば銃刀法違反にあたる。所有するには、国の認可を受けなければならない。銃一丁に対して、ひとつの所持許可証が必要だ。講習を受けて親族書や戸籍謄本、精神分析を受けてはじめて手に出来る
「講習か。いまの私たちは、認可されないな。狂ってると思われる」
「そうだな」神原は微笑した。「他に必要なものはあるか?」
「ガソリンだよ」佐々木が答えた。
「なるほど」
「怪物を焼き殺すにはそれしかない」
「おれは酒が欲しい」ゾンに黄金のチップをはずめば、冷蔵庫にビールくらいあったかも知れない……神原は舌打ちした。佐々木に頼み込んで、道路脇に見えた自販機に車を止めてもらった。珍しく酒の自販機があり、ワンカップが見えた。この際、安酒でも構わないと思った。
「くそ。財布がない!」
神原は自販機を蹴っ飛ばした。
それを叱るように、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。ゾンにナンバープレートを通報されたのか。パトカーが神原たちを発見した。窓ガラスが割れ、車体前方がへこんだ車を見られれば、言い訳するのは難しい。
「どうする?」佐々木が言った。
「逃げると逆に面倒だ。助手席に顔見知りがいる。何とかごまかせないか、やってみる」
「脇に寄せなさい!」
パトカーのスピーカーから葉月の声が響いた。
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