第34話
パフェを食べています。
優上機嫌。
「えへへ、男の子の格好だとあんまり食べれないからね。おいしっ」
そんなこたあないと思うけど。機嫌が直ってよかった。
市民プールの一角にあるフードコートで今、俺はラーメン小を、優はチョコパフェを食べている。
プールに浸かって身体が冷えたのに冷たくても甘いのを食べるというのは、やっぱり女の子なんだなあ。
左手で髪をかき上げる仕草をしながら先の小さなスプーンでパフェを頬張る優に見惚れていると、不意に彼女の背後、フェンス越しの茂みに人のようなカマキリのような、とにかく大きな姿をチラッと見た気がして俺は目を凝らした。
「ん? どうしたの?」
「あ、ああ・・・」
優が声をかけてくるが曖昧な空返事をして何かが見えた茂みをじっと見るが、もう何も姿を現さない。
見間違えかな。身体の色はスズメバチにも見えたけど。
「とうま?」
「あ、ああ、ゴメン。なんか向こうの茂みに大きななんか見えた気がして」
「え? やだ!? 何!?」
「さ、さあ? いぬーかなー?」
「え、わんちゃん!?」
嬉々としてくるっと振り向く優のポニーテールが揺れた。
すぐに向き直って不機嫌そうになる。
「もー。なんもいないじゃーん」
「だから、見えた気がしたって」
疲れたように言い訳してしまう。
優はまた満面の笑みを浮かべてパフェを口に運び出した。
「まーいーよーだ。とうまとこうしてるだけで幸せだからね!」
「うん。俺もとても幸せだよ。マイハニー」
優の目がジトッとなる。
「とうまはそういう歯の浮くセリフは似合わないからやめてね」
「理不尽!」
大陸のホームドラマのセリフを真似しただけなのにダメ出しくらって俺氏涙目。
そのあと、8メートルの高さの滑り台をしたり波のある砂浜プールで棒状のカップルで向かい合って乗る浮き輪に跨って揺られてみたりして、三時過ぎまで遊んで帰ることにした。
ちなみに、前の世界では車の免許を持っていたので、戦技科の伝で免許を取れる制度を知って試験を受けたら見事に合格したので、俺は車が運転出来る。
とはいえ車を買う金はないのでレイラ先生に相談したら、個人で所有しているミニっぽい車(ドルゼ連邦の有名な車種らしい)を貸してもらえたので、助手席に優を乗せてドライブデートと洒落込んでいる!
まぁ、ただ市民プール帰りの堤防を川沿いに走っているだけなんだが。
濡れた髪のポニーテールを解いて、走る車の風に晒しながらまだまだ明るい落ちかけた陽に横顔を照らして優が言った。
「今度は、海に行きたいなあ」
運転中だからチラ見しかできないのがもどかしい。
俺は苦笑する。
「こっからだと太平洋側かな。千葉とか」
「連れてってくれるの!?」
「夏休みがまともに取れたらね! あと、車がないと無理かも。俺まだ買えないし」
「ぷー。とうまのおもわせぶりー。じゃあじゃあ、行けるようになったら新潟行きたい!」
「日本海側?」
「日本海ってどこ?」
「ああ・・・」
そうだった。ここ異世界なんだよな。微妙に地名が違うのがややこしい。
「本海、メインシー側」
「そうそう! ・・・とうまって時々おかしな地名言うよね。国の名前間違えたり」
「記憶喪失のせいですな」
「あ、そっか・・・。ごめんねとうま」
そう。
ひょんなことからこの世界に迷い込んだ俺は記憶喪失ということで通している。その方が面倒くさくないしね。
いちいち優に心配させてしまうのは心苦しいが、説明のしようもないのでずっとこれで貫くつもりだ。
しばらく走って、田園風景に降りて更に行くと、田んぼに囲まれた武家屋敷みたいな一軒家が見えてくる。
「あ、この辺でいいよ!」
優はまだ距離があるうちに一つの大きな神社の前で車を停めてと言ってきた。
「まだ結構離れてるぞ?」
「お父様が厳格な人だから。友達とプールに行くってしか言ってないんだ。とうまといくって言ったら、絶対許してもらえなかったからね」
マジか。不純異性交遊とでも言うのだろうか。
「一応、学校じゃあ男の子で通してるけど、家じゃあ普通に女の子してるのですよ。ぼく。パイロットになるためだけに学校に通ってて、異性の友達とプールに行くっておかしなことになっちゃうじゃない?」
「まぁ、身バレするような事はするなって事だろ?」
「あとはね」
「うん」
「お父様やお祖父様が認めた軍人しか付き合っちゃダメって言われてるの」
ナニソレこわい。
バレたら俺何されるかわからないじゃないか。
「へ、へー」
「大丈夫! とうまならきっと大丈夫なんだけど! まだ知られるのは早いと思うんだ」
「ソウデスネー」
「もう、そんなに不安がらないでよ!」
ちゅっと、ほっぺにキスしてくれた。
幸せ。
・・・俺って単純だな・・・。
「じゃあ明日! また学校でね!」
「お、おう・・・。また明日!」
とっとっとっと、軽快に早歩きで去る優の背中を見送って、俺は車をUターンさせてアイングライツ戦技学校への帰路についた。
車を学校職員の駐車場に戻して、教員寄宿舎にキーを返しに行くと、レイラ先生は不在だった。
なんでもガメリカ軍の知り合いが来ているとかで出かけているそうだ。
俺は予備役軍人の男性教官にキーを預けると、大グラウンドに併設されたオクスタン格納庫へ歩いて戻っていく。
日曜日は学食やってないから、カップ麺しか食べるものがないんだよなあ。
お湯沸かさないと、などと考えながら身分証のカードを通用口の横の四角いボックスにかざすと、電子ロックが解除されて中へ。
鼻歌混じりに部屋に戻って、まだ明るい外の光を入れようと窓に近付きカーテンを握ると、「ガタン」と窓が震えて俺は固まってしまう。
あれ・・・なんだろう・・・。
鳥でもぶつかってきたかな・・・。
思い切ってカーテンを勢いよく開けると、黄色い肌の紫色の長い髪の、女性的な何かが窓にカエルみたいに張り付いて覗き込んできていた。
目はまあ・・・人間?
お腹の左右にちっちゃいカマキリの手みたいのが生えてる・・・。
え・・・?
「え?・・・」
えーーーーー!? と、ビックリして大声を上げると、窓にへばりついてた何かも「えーーーーー!?」とビックリしてポロッと、数メートル下のアスファルトの上に背中から落ちて気絶したようだった。
いや、俺が「えーーーーー!?」だよ。
いや、なんだよ。何あれ?
え?
どうすんの?
とりあえず、廊下に出て掃除用具入れから丈夫なモップを手に武器代わりに駆け降りて窓の下に行くと、
「きゅうう・・・」
何かが目を回して気絶していた・・・。
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