笑顔と哀しみ
その日の朝、
死体の山の周りには、沢山の悲しみが渦巻いている。最愛の妻を失い喪失の彼方にいる夫。娘を殺され
この場所で死はとても身近なものだ。『死ぬ』ということは決して悲劇などという
聖都市アムネジア。この場所には光と闇が
アムネジアと壁を隔てて存在する深淵の地、ゲヘナ。壁の南部に当るこのブロックを、人々は『地獄』と呼称する。
狭い道を掻き分けるかのように、大型のトラックが入ってくる。中から降りてきた作業員は、まるでごみを捨てるかのような手付きで、遺体を荷台に投げ込んでいった。それを取り囲むかのように、別れを惜しむ泣き声が響く。咲穂はその様子を、唇を噛み締めながら見つめていた。助けたいと思っても、今の自分では助けられるはずもない。自分に何かを分け与えられるだけの器量が、財力が、心があるはずなど無かった。ここに生きる者は皆、今日を生きるのに必死で、他者に手を伸ばす余裕などない。だから被害者は決して、助けられぬ者を責めたりはしなかった。ただその瞬間が訪れれば、抵抗する訳もなく『死』を受け入れる。自らの運命だと、未来を諦める。それが余計、咲穂には辛かった。
この場所で【狩り】が行われたのは、昨日の夜のこと。昨晩だけで千を超える人間が命を落とした…たった六人の
車が発車する。女が、男が、子供が、手を伸ばす。突然の別れを惜しむかのように。明日は我が身かもしれないと思う恐怖に逆らうかのように。手を伸ばす。車が遠ざかる。地面に倒れ込む。嗚咽に体を震わせる。大切な人はいなくなってしまった。次は私だ。きっとそうだ、そうに違いない──
咲穂はしばらくその惨状を見つめていたが、やがて踵を返し歩き出す。胸に残るのはくしゃくしゃと丸まった
咲穂は壁に沿って歩きながら、ふと『
咲穂は唯一設置されている、壁の内外を繋げるゲートの前に辿り着く。しばらく待っていると、その巨大なゲートが音もなく開いた。中から人が出てくる。深く被られたベール。そのわずかな隙間から、はらはらとブロンドの髪が溢れていた。彼はゲートを潜ると、脇に立つ
外側の世界に足を踏み入れた青年は、辺りを見回すと咲穂を見つける。そして、花が綻んだかのような笑みを浮かべた。
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