寸胴と僕とトウモロコシ

あの旅行は夢だったんでしょうか?……夢から醒めたら、現実に戻る。

 そして僕の現実は厨房ここなんだよね。

 夏休みと言う事もあり、朝からお仕事です。


「信吾、さっき青森のお義母さん電話があった。後からあれが着くぞ」

 キャベツを刻んでいると、父さんが声を掛けてきた。嬉しいけど、胃が痛くなる。


「もう、そんな時期なんだ……まずは、常連さんに連絡しないとね」

 青森から届くそれはうちの名物となっており、楽しみにしている常連さんも多い。

 

「もちろん、お前の分もあるってよ。だけキミ楽しみだろ。秋吉さんも、喜んでくれるんじゃないか?」

 嶽キミは青森で作られているトウモロコシだ。僕の大好物で夏になると、婆ちゃんが送ってくれる。話の流れで常連さんに出したら、大好評に……婆ちゃんの知り合いのトウモロコシ農家さんと契約して、送ってもらう様になったのだ。


「着く時間分かる?茹でる準備をしておかないとね」

 トウモロコシは時間と共に味が落ちていく。嶽キミも一緒で着くと同時に茹でている。

 その担当が僕なのだ。何しろ農家直伝で茹で方を仕込まれている。

 そして、その本数は年々増えている訳で……茹ででいる側から売れていくし。

 この時期、僕は寸胴の前から離れられなくなるのです。


「スープやバター炒めも人気だけど、一本そのままが一番売れるからな」

 最初は常連さんだけの隠しメニューだったんだけどね。近くで見ている人は、自分も食べたくなる訳で……その人が注文、次来た時にも注文。それを見た人が注文と言うトウモロコシコンボが続くのです。

(徹や竜也に負けてられないか)

 徹はこの間泊まったホテルの再建策に加え、出張や会議で忙しいらしい。竜也はコンサートや収録で分刻みのスケジュールとの事。

 スケールは小さいけど、僕も二人に負けない様に頑張らなきゃ。

 ……頭にタオルを巻いて嶽キミを茹でていく。茹で上がって粗熱が取れたら、ラップに包むんだけど……。


「信吾、これもらってくね」

 茹であがった側から母さんが持って行く。箱で届いた筈なのに、残り僅かです。

(今から追加発注出来るかな?)

 週末はご家族連れも多いから、今日以上に売れうると思う。


「信吾、一回休め。秋吉さん達が待っているぞ」

 二人共、夏休みもバイトを頑張ってくれている。それに加え秋吉さんは伝票整理もっだってくれているので、婆ちゃんや母さんに可愛がられているらしい……僕は厨房から出られないので、全く分かりません。


 鼻腔をくすぐる甘い匂い。今すぐかぶりつきたいけど、まだ我慢だ。


「二人共、お疲れ様。今日の賄いは嶽キミがメインだよ」

 嶽キミのコーンスープに、そして天ぷら。メインは茹で嶽キミとトウモロコシ尽くしだ……二人に食べさせたいんじゃなく、僕が食べたくて作りました。

ちゃんと他のおかずも作ったし、怒られない筈。これが年に一回の楽しみなんです。


「このトウモロコシずっと食べたかったんだ!運んでいる間、良い匂いしていたし」

 良かった。秋吉さんが喜んでくれている。婆っちゃとの思い出の味だから、猶更に嬉しい。


「皆嶽キミが入荷したって聞くと、注文してたもんな。でも、売り切れた筈だよね」

 やっぱり売り切れたか。多く注文するって手もあるけど、時間が経つと味が落ちるんだよね。


「これは僕個人用。毎年、婆っちゃが送ってくれるんだ。お勧めは茹でたやつだよ」

 夏になったら、いつも婆っちゃにねだっていたんだよな。バイト代で婆っちゃになにか贈らなきゃ。


「良いの?……遠慮しないで、いただきますっ……甘っ!お砂糖入っているみたい」

 そこから秋吉さんは無言で嶽キミにかぶりついた。僕が作ったトウモロコシじゃないけど、自分の事みたく嬉しくなる。

(婆っちゃも、こんな気持ちだったのかな?)

 婆っちゃはお腹いっぱいだから、婆っちゃの分も食べて良いよって、くれたんだよね。


「良いのから早過ぎないか?……うん、こんなに甘いトウモロコシは、初めて食べたよ。コーンスープも美味しい」

 夏空さんも気に入ってくれたらしい……徹にライソしておこう。


「スープは嶽キミの芯から、出汁をとったんだ。これからしばらくは、寸胴が友達だよ」

 適度に水分を取りながら、頑張ります。


「これってうちでも仕入れ出来るかな?ほら、今度うちの町内で夏祭りやるだろ?そこで嶽キミの焼きトウモロコシを売れば、人気が出るんじゃないかなって思って」

 人気は出ると思うけど、コスパが……。


「うちは知り合いの農園と契約しているし、風物詩みたいになっているからお高めの値段でも売れるけど……知り合いに相談してみるね」

知り合いと書いて、ビジネスマンと読みます。


「その日は私も手伝うよ……天ぷらも美味しい!」

 秋吉さん手伝いに行くのか……僕も手伝いに行こうかな。

(話せば徹も来そうだな。何かやらかしそうだけど)

 夏休みの間、秋吉さんに会えなくて寂しいって言ってたし。


「そう言えば陽菜が言ってたけど、あのホテル今凄い人気らしいよ。スリーハーツのユウがポスターで知名度が上がったんだって」

 うん、良く知ってる。張本人の二人から聞いているし。それでも徹に言わせればまだまだらしい。


「でも陽菜最近ユウの話しなくなったよね。代わりに相取君の話題が増えたけど……そう言えば、相取君って彼女いるの?」

 いたら大スキャンダルです。なんでも、竜也は一部の女子から人気だそうだ。隠してもイケメンオーラって漏れるのね。


「いないと思うよ。学校で話すのは、いつもの五人だけだし」

 殆んど僕と徹なんだけど。


「陽菜が恋愛か。あたいと一緒で、そんなの縁がないタイプだと思っていたんだけどな」

 夏空さんは、そう言うとどこか遠くを見つめた。鈍い僕でも分かる。夏空さんは、徹の事を考えている。

(徹も竜也も両想いっぽいけど、立場がね)

 僕はどうなんだろう?秋吉さんと仲良くなれてはいるけど、それは好きって気持ちを隠しているからであって……下手に気持ちを伝えたら、徹達の恋を邪魔してしまうかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る