3-4 魔法のチュートリアル
「あの、どうかしましたか」
サクラはドアの先にいた綺麗さに見惚れていた彼女はその声に意識を現実に戻した。
「あ、私の世話をしてくれるって言ってましたね。その、町長さんがお願いしてくれたんですか」
「ええ、そうです。私はこの施設の中で長く住んでおりますから。それで私に任せたのでしょう」
ラピスラズリは先ほどから、少し表情に影があった。もちろん、サクラにはその理由はわからない。それを詮索するのもマナー違反であるのはわかっているので、何も聞かない。しかし、世話をしてくれるとは言え、名前だけを知っているというのも奇妙な話だ。それにサクラはこんなに綺麗な人と仲良くなりたいとも思っていた。と言うか、それが一番心の中にあったものだ。
「とりあえず、部屋に入ってくれますか」
ラピスラズリは一つ頷いて、サクラの部屋に入っていき、部屋の中を見渡した。部屋の構造は変わらないはずだが、彼女にとって珍しいものが一つある。それはサクラの持っていた学生鞄だ。そんな成功にできているものはこの世界にはない。しかし、ラピスラズリは何も聞かずに、サクラを見て話す。
「何か、お困りのことがあれば、私が解決します。今、お困りのことはありますか」
「それじゃ、これの使い方を教えてほしいです」
サクラはコンロを指さして言った。先ほどから、宝石に魔法を近づけたり、魔法をぶつけたりすると反応するが、それだと手軽に使うことが出来ないのだ。一番、困っていることはそれだった。しかし、ラピスラズリは首を傾げていた。彼女もコンロが使えないわけではない。このコンロを使えないという理由がわからないのだ。
「故障、と言うことですか。それなら私は申し訳ありませんが、直すことが出来ません。町長様に伝えるべきかと思います」
「ああ、いえ、使い方を教えてほしいんです。宝石のところに魔法を近づけながら使うわけではないと思うのですが」
ラピスラズリは怪訝な顔をする。そのコンロはこの町特有の物ではないのだ。他の地域でも使われているもので、幼い子供でも、使い方を知っているような代物。それを、彼女の歳で知らないというのは、この世界と隔絶している場所で過ごしてきたと言っているようなものだ。常識知らず、と言う単語では足りない。現代で言えば、ドアの開け方がわからないと言っているのと同等だろう。しかし、ラピスラズリはその使い方を一つ一つ説明しながら、使って見せた。しかし、サクラの知らない単語が一つ出てきた。それは魔気と言うものだ。それについて問うと今度は不思議そうな顔をしていた。
「あの、こういうことを聞くのはタブーではあるのですが、これまでどこで過ごされていたのですか」
「あー、その、気が付いたらこの町の近くにいたんです。それ以外は覚えていなくて」
「そうですか。記憶喪失という物ですか。では、魔気について教えましょう」
ラピスラズリは町長から記憶喪失だという情報を教えてもらっていなかった。サクラがもし、本当に記憶喪失なら町長も知っていてもおかしくはないだろう。サクラが子供だから、そこまで頭が回らなかったのかもしれない。しかし、ここで尋問しても、意味がないと思い、彼女はサクラに説明を開始する。
魔気とは、この世界を満たしている魔法の元である。生物を生かし、全ての物質の根源。どんなものにも魔気は流れていて、それが無くなると生物の場合は死に至り、物質の場合は崩壊する。サクラの体も今は魔気に適応するようになっていた。生物の場合は生命活動で魔気を消費するため、呼吸で取り込まなければいけない。そして、魔法を使う場合は、体内に取り込んだ余剰な魔気を消費することで魔法を使える。そして、コンロや水道の宝石に、魔気を流し込むことでそれぞれの決められた機能が使える。サクラが魔法を近づけたり、ぶつけたりして使えるようになっていたのは、魔法に込められた魔気に反応していたというわけだ。
「なるほど。わかりました」
「魔法は使えるようですが、あまり消費の大きな魔法を使わないことをお勧めします。体内の魔気を消費すると死ぬ前に衰弱して、動けなくなりますが、近くに治癒師がいない場合は誰も助けることが出来ませんから」
サクラは治癒師についても訊いた。治癒師と言うのは、その文字の如く、傷や病気を治す職業の人を指す。しかし、傷も病気も一瞬で治すことは出来ない。治癒師は自分の魔気を患者の魔気に混ぜて、患者の魔気を活性化させて、傷や病気を治す。魔気不足の衰弱の場合は一時的に、治癒師の魔気を体内に流して、魔気を取り込ませるという方法を取る。
ラピスラズリは説明口調で魔法について色々教えていた。魔法の発動は、イメージが魔法になるというのは正解だったが、発動・過程・結果の三つを明確にイメージするとより強い魔法になるらしい。そして、威力の弱い魔法は、物質や生物を通り抜けるという。その際には、通り過ぎたものは魔気を消費させられるらしい。弱い魔法を何度も受けると、体には傷が無くとも体内の魔気だけが消費されて衰弱するため、弱い魔法を受け続けるのは避けた方が良いと教えられた。
ラピスラズリは長くしゃべっていたはずなのに、少しも疲れたような顔をしていない。表情は一番最初から変わっていないように見えた。サクラの方はいくら綺麗な人でも長い話を聞き続ける問うのは疲れる。彼女は疲れていた。
「すみません。少し長話をしてしまいした。疲れたでしょう。少しキッチンをお借りします」
そう言って、彼女はコンロの火をつけた。
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