3-3 異世界の自分の部屋

「ここが今日から貴女が住む場所です。どうぞ、お好きなように使ってください」


 町長に案内されてきたのは、先ほどの町長が仕事をするための館を二階建てにして、小さくしたような見た目の家だった。両開きの扉が一組あり、彼がその中に入っていくのに付いていく。中はすぐに廊下になっており、左右に廊下が続いている。廊下は先ほどの館と違い明るい木の色をしたフローリングで、靴を脱ぐことなくその廊下を進む。玄関から少しずれて、二階に続く階段があるのだが、彼女の部屋は一階であるため、使用することはなさそうだ。


「この部屋が、今日から貴女が生活する場所です。遠慮なさらず、使ってください。何か不便があれば、言ってください。聞ける範囲ではありますが、対処いたしましょう。それでは」


 彼はそれだけ言うと、その家から出ていった。彼女は部屋のドアを開けて、中に入った。部屋の中にも靴を脱ぐ場所はなく、靴を履いたまま生活する文化なのだろうと納得した。玄関からすぐ右側に扉があり、その先にはトイレがある。様式の便器に見えるが、トイレが背負っているタンクはないし、トイレを流すためのレバーもない。青い宝石が近くにあるのが気になるが、それをどういう風に使えばいいのかもわからない。とりあえず、どうすることもできないし、トイレに行きたいというわけでもないので、一旦放置。その反対方向にある扉を開くとそこは洗面所のようなものがあった。やはり、元の世界とは文化が全く違うのか、水を出すためのひねりは見当たらない。ここにも青い宝石がある。洗面台には鏡もついている。その奥にはシャワーが見えた。風呂につかることは出来ないようだが、シャワーがあるだけでも助かる。このシャワー室には青い宝石と赤い宝石があった。ここは温度の調節ができるということだろうか。何にしろ、使い方がわからないのだ。その解決を先送りにして、彼女は水回りの部屋を出て、奥の部屋と入る。中には背の低い囲いが付けられたベッドが一つに壁際に寄せられた一人用のテーブル部分の面積が小さい机とイスが一セット。クローゼットが一台。中にはハンガーが三つほど。それ以外は買い足してくれと言うことなのだろう。キッチンらしきものはないと思ったが、部屋を入ってすぐ右の辺りにあるものに近づくとそれがコンロらしきものだった。相変わらず使い方がわからないが、赤い宝石がコンロの前についている。温度の調節ではなく、火に関連する者なのかもしれない。隣のシンクには蛇口があり、そこにも青い宝石がはまっている。彼女は試しに魔法を流し込んでみることにした。いきなり出力を上げると大惨事になる可能性があるため、彼女は最小限で細心の注意を払って魔法を使った。すると、宝石の青が濃くなり、蛇口から水が出た。仕組みの理解は微妙に間違っていたが、それでも機能したので、彼女は赤い宝石の方には火の魔法を近づけた。すると、コンロの方にも火が付いた。宝石から火を離すとそれと同時にコンロの火は小さくなり、さらに話すと火は消えた。使い方を理解したつもりの彼女はこのコンロの欠点に気が付いた。それは片手でしか料理が出来ないということだ。そして、その使い方が間違いだと気が付くのはもう少しあとだった。


 部屋の中を一通り見た彼女はずっと持っていた鞄を部屋の中に降ろした。セーラー服以外の服は今は持っていない。服の買い方もわからないため、しばらくはセーラー服のままの生活になるのかもしれない。召喚者ではあるが、彼女の体は代謝する。つまりは、風呂の使い方、トイレの使い方、キッチンの使い方。それを理解しないことに生活できないのだ。あの領主の態度からすると、これらを扱う技術は常識のことなのだろう。気が付かない程に生活に馴染んでいる技術なのだ。元の世界で言えば、スイッチのオンオフ、蛇口の捻りの使い方と同じなのだろう。しかし、わからないものはわからない。恥を忍んで、町長に聞きに行くことを決意したその直後、部屋のドアがノックされた。この町、と言うかこの世界に知り合いはいない。彼女はこの部屋を町長が何か言い忘れたのかと思い、自分も聞きたいことがあるのでちょうどよかったと思いながら、ドアを開けた。


「はいはーい。ってどなた?」


 彼女がドアを開けるとそこにいたのは、町長ではなかった。知らない女性だ。ファンタジーでしか出てこないような鮮やかな緑色の髪が、腰を超えて下に延びているが、手入れをしっかりしているのか艶がある。目はサクラに似て丸く、瞳の色はとても綺麗な黄色だ。顔のパーツが小さく、美少女と言う言葉が似あうだろう。身長はサクラより大きい。スタイルは良いが、スレンダーだ。そして、なにより気になるのは、目の前の女性がメイド服を着ていることだった。町長がよこした手伝いなのかと思ったが、町長はそんなことは言っていなかった。サプライズと言うわけでもないだろう。メイド服とは言っても、メイド喫茶にいるような短いスカートの物ではなく、膝下より少し長い暗いの紺色のメイド服だ。エプロンと一体になっているのかはわからないが、しっかり真っ白なエプロンもつけている。


「私は、町長様から、貴女のお世話を任されています。ラピスラズリ・アレイスター。オートゴーレムという分類の者です。よろしくお願いします」


 いきなりの邂逅にサクラは固まっていた。

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