3-2 ようやく町の中へ

 町の中はレンガ調の建物が並んでいた。入り口からまっすぐ道が伸びていて、そのまま 進むと大きな広場がある。その中央には噴水があり、何人かが噴水を囲むレンガの低い壁に腰かけている。その広場から三つの道が伸びている。彼女が通った街の入り口と合わせると、ちょうど十字になる配置だ。彼女が来たのは南側。そして、東側には商業地区がある。北に行けば町長が仕事をする大きな館や図書館、教会などがあった。そして西側には居住区域がある。日が出ている内は商業地区に人が多く出入りしていて、世留になればその人たちは西の居住区域へと移動する。いつでも居住区域は静かで、商業地区は夜から営業を始める店もあるため、夜でも静かにはならない。北の道にも人通りはある。図書館や教会に通うものだけでなく、町長が仕事をする館では、この町で店を開くための許可を得たり、この町での恩恵を受けるための住民登録なども行えるようになっている。結婚することで、多少ではあるが祝儀もあるため、その書類を貰い提出する人も少なくない。子供が出来るとさらに少ない額ではあるが、祝儀もある。子供の成長に合わせて無償で本を送るサービスなどもあり、それらを利用するためには町長が仕事をする館で手続きをしなくてはいけない。そのため、人通りは少なくはないのだ。


 サクラは町に入ってきてそのまま、北の道に一緒に進んでいく。街中を進む馬車の数は少ない。馬車より人の通行を優先しているため、馬車で進むと歩くより遅くなることがあるのだ。ただし、大抵の場合、通行人は馬車のために道を開けるため、そこまで不便と感じることはない。彼女たちは北の道を進んで、館に到着する。町長と共にサクラも馬車から降りた。彼女たちの前には、三階建ての暗い赤を基調とした瀟洒な外装の建物があった。それが、町長が仕事をしたり、町民が様々な手続きをする場所であった。彼らは、大きな両開きのドアが二組並んで、解放されている入り口から中に入る。町長とすれ違う町民たちは彼とすれ違う時には軽くお辞儀をしていた。彼もそれに返すように軽くお辞儀をしていた。町民たちにも慕われているようだ。サクラは彼の後ろに付いて行く。中に入るとそこは灰色のタイルで埋められた床だった。左側には受付と書かれた札が貼られた大きく立派な机が四台ほど並んでいた。その奥には人が忙しそうに動き回っていた。彼らは町長を見つけると、お辞儀をして再び仕事に戻っている。右側には五人掛けのソファが一列に二脚、それが七列ほど置いてあった。何人も座れるようにしてあるのだろうが、多くの人が来ているように見える今でも半分ほども埋まっていないように見える。そして、その奥には絨毯の敷かれたスペースがあった。そこには子供がいて、絵本を読んでいたり、そこにあるおもちゃで遊んでいるようだった。デパートなんかによくあったものだ。最近は全然見なくなったな、なんて考えながら、町長の後ろについて歩いていく。


 彼は町民がいた場所を通り過ぎて、入り口を真っ直ぐ進んだ先にある片開きの扉の一つを開けた。そこにも廊下が続いていて、その正面に二階に続く階段が見えた。彼らはその階段を上った。二階はシンプルに長い廊下が一本続いていて、外側には窓があり、反対側にはいくつもの扉が並んでいた。その中の一室に入る。そこは応接室のようで、ソファに座ると腰が沈んで少しバランスを崩した。領主が彼女と反対側のソファに腰かけた。騎士が彼の後ろに背筋を伸ばして立っている。


「さて、随分待たせてしまったね。ここまでついてきてくれてありがとう。まずはその報酬を渡します」


 そう言うと、騎士が彼の後ろの壁を叩いたように見えた。すると、部屋の扉をノックする音がした。町長が入る許可を出すと、扉が開いて執事ような恰好をした人が中に入ってきた。その手には四角いお盆を持っていて、その上には何かが入った革製の袋が乗っていた。大きさは掌に乗るくらいだ。サクラの手よりは大きいだろうか。


「まずは、私の護衛をしてくれた報酬から。二十万イン入っているので、確認してください」


 彼女は袋を手に取り、中を確認した。袋の中には二十枚の紙が入っていた。零が四つ並んで、頭に一が付いていることをみれば、紙切れ一枚が一万と言うことだ。とすれば、と言うのがここらで使われている金銭の単位なのだろう。この二十万インと言うのがどれくらいの価値かはわからないが、彼の人柄を考えると少ない額と言うわけではないと思う。のちのわかるのだが、これは職に就いている者よりも貰っているのだ。この町で商人をしている者で、平均十二万イン程度。町長の後ろにいる騎士でも十五万イン程だ。これは貰いすぎと言ってもいいほどの額だが、彼女はそれを知らないため、素直にその報酬を受け取った。


「それで次は住むところなんだが、直ぐそこにある建物だ。本来、人の住む場所はこの町の西側なのだが、町が運営している施設はこの区画に建てることになっていてね。少し不便かもしれないが、あの建物で生活してほしい。出てきたいときは、私に言ってくれれば、手続きはしておくから安心してほしい」


 断るという選択肢はないため、彼女はとりあえず、町長の言う建物に住むことにした。話を聞けば、他にも住んでいる人がいて、それぞれ何らかの事情がある者ばかりで、そう言うものを詮索するのだけはやめてほしいということだった。事情があるのはサクラも同じだ。そこまで恥知らずではないつもりだった。


「では、まずはあの建物に行き、貴女の部屋に案内しましょう」


 しばらくこれから住む場所や金銭的な援助の話をして、ようやく、彼女はこの世界での自分の家に行くことになった。

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