第11話 一知半解

 起こった事は変わらない。

 過ぎた時間は戻せない。

 例え、自分以外の誰かの手によって歪められた事象でも、時間でも。

 例え、歪みを憂いて自分自身を踏みにじろうとも。

 最初の自分は取り戻せない。



 夕日が差す石橋の上、川のせせらぎや草木の揺れる音と共に、遠くから小屋を含めた森が燃える音が聞こえる。

 だが、それら全てを掻き消すほど、ハーベイは泣き叫んでいた。

 「あの子はまだ・・13歳だぞ!?なんで!なんでこんなことに・・!」

 橋の手すりに拳を打ち付けながら、彼は喉から血が噴き出す勢いで叫ぶ。嗚咽も混じり、体も震え、怒りや悲しみがごちゃ混ぜになって表情が歪む。

 その後ろ姿を、茜は沈痛な顔で見つめているが、彼女の胸の内にそんな感情はひとかけらも無かった。



 燃える小屋の中で、裸の少女は狂ったように笑っていたが、自分の体が燃え始めると、途端に茜に助けてと叫んだ。手を伸ばし、燃えながらベランダを飛び出て走って来た。

 対して茜は、無表情のまま、ポケットに手を突っ込んで煙草を咥えたまま少女が倒れて燃えていく様を眺め、彼女が動かなくなる前にさっさとその場を後にした。

 「花が好きなやつでさ?部屋に色んな花を飾って、毎日世話したり話しかけたりするんだ・・俺の仕事が遅い日には、花の香りのアロマを焚いてくれて・・お母さんと一緒に料理を作ったりもしてくれたんだ・・・!」

 彼の話を聞いて、茜は軽い頭痛を覚える。痛みのまま開きそうになった口を、きゅっと結んで言葉を呑み込む。

 「そんな家族知らないよ、ずいぶん・・甘ったるくて優しい家族なんだね」

 胸の中でぼそりと呟き、無意識に悲しみに暮れるハーベイから顔を逸らす。

 「将来は、俺と同じ自警団になって、俺と一緒に街を守るんだって・・女の子には危ないって言ってるのにさ?」

 息を大きく呑み込んで、ハーベイは眼下に流れる川に大粒の涙をこぼしながら、一際大きく叫んだ。

 「生きてれば楽しい事も!辛い事もあるって言うけど!満足に生きていない内に、なんであいつが死ななきゃならないんだよぉっ!」



 彼の言葉に、それまで何とも思っていなかった茜の胸に、強く締め付けられるような感覚が走る。このままではいけないという焦燥感がどくどくと溢れ出して、けれども自分に何が出来るのかと視界が暗くなる。

 どう動こうか考えて俯いている内に、茜の視界に革袋が乱暴に飛び込んで、ちゃりんとした子気味良い金属音を鳴らす。

 「・・報酬だ」

 果たして拾うべきなのか、返すべきなのか。

 「それを拾ったら・・この街から消えてくれ・・・もう、異能者なんて関わりたくもない。お前みたいな奴を頼った、俺がダメだったんだ・・!」

 頑として茜の方を向かないハーベイ。

 茜はそっと足元に投げつけられた革袋を拾ってポケットにねじ込んでから、街と反対方向へとつま先を向ける。

 「その・・ごめん・・・」

 自分でも驚くほど、からっぽで宙を泳ぐような声。

 「うるさい!早く消えろ!」

 当然のように罵倒され、茜は自分の胸を鷲掴みにしながらとぼとぼと歩いて行く。

 取り返しのつかない事をしてしまったという自覚が、茜の中にはあったが、結局彼女は最後まで、ハーベイの妹の名前すら聞こうとはしなかった。

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