第10話 悪いことは、見えないところで
幼い茜が、両親から厳しくされても直接反抗しなかったのは、両親を愛していたからだった。
私が頑張れば、お母さんもお父さんもきっと笑ってくれる。たまに見せる優しい顔を、いっぱい見せてくれるはず。
だからそう、これは、見えないところでやらなきゃね。
茜の手の平から出てきた黄色いとろっとした液体は、小屋を一周して玄関前の階段辺りにもつけられていた。
夕日に輝く液体を、嬌声を聞きながら眺める彼女は、無表情でその瞳には温度は無かったが、何かしっかりとした芯が通っていた。
液体を出したにも関わらず、一切濡れていない手の平。
彼女は左手首に、右手の甲を当てて、手の平に煙草を出現させる。
煙草を口に咥え、続けて同じように手の甲を当てると、手の平に小さな炎が出現し、茜は煙草に火を点けて煙を吸ってから、家の周りに撒いた油に火を点けた。
瞬く間に火の手は広がっていき、小屋を囲い、玄関付近を燃やしていく。
「火災に巻き込まれ・・」
ポケットに両手を突っ込み、煙を口から昇らせながら燃えていく小屋をベランダから少し離れた所で、ただ眺める。
中から聞こえていた嬌声は叫び声に変わり、今では男の声も混じっていた。
「か、火事だぁっ!」
男の悲痛な叫びを、咥え煙草のままで聞き、茜は右手をポケットから出す。
手の甲を腰に軽く当てて、ナイフを出現させ、ベランダのドアをじっと見つめる。
木が燃えてパチパチと音を立てる、草が音も無くゆっくりと燃え広がっていく。次第に茜の立っている場所も燃えて、少し時間が経てばつまさきを呑み込もうとしているが、彼女は微動だにしない。
瞬間、勢いよく開かれたドアから、バッグを抱えた上裸の男が飛び出し、茜は腕を振り上げて男に向かってナイフを投げた。
何が起きたのか分からず、声を上げる暇も無く、男の胸にナイフが突き刺さった。
「な・・これ・・?」
頭を降ろして胸に深々と突き刺さったナイフを見つめてから、両手をポケットに突っこんで煙草をふかす茜を睨みつける。
確かな殺意、身を震わす程の怒り。相手の目から痛いほど伝わって来る感情の荒波を受けてもなお、茜は変わらなかった。
「てめぇ・・!よくも」
上裸の男が茜を怒鳴り散らす事は無かった。なぜなら、彼の後ろから突き刺された剣が、腹まで貫通したからだ。
まるで泥のように膝から崩れ落ちた上裸の男の背後から現れた、茜よりも年下に見える裸の少女。男を殺してほくそ笑みながらブロンドの長髪を揺らし、少女は広がる炎と煙草を咥える無表情な茜を、見るでもなく見ていた。
「くふふ・・アハハ・・・」
だらりと腕を降ろして俯きながら静かに笑う少女。このままではいずれ火の手に呑まれて燃えてしまうだろう。
ポケットから右手を出して、咥えたままの煙草を指で挟んで持ち、煙と共に離す。
「2名が死亡しました」
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