XV

 怪しいという目で俺の方を見る栞は、逃げ道である出口を塞ぎ、これではここから難を逃れることができない。うかつだった。こんなことになるならば、話をしなければよかった。


「お兄ちゃん、知っている? お兄ちゃんって、こんなにも必死になるときって、何か、隠し事をしている時だよ。それに顔に出てるよ」


 栞は笑顔で言いながら、俺の顔を指さす。


 ギクッ、と俺は後退りして、顔から冷や汗が出る。これは非常にまずい。


「それで私とのデートを断って、誰と一緒に行くのかな? 男? いや、この反応は女ね」


 鋭い! これが女の勘ってやつか。


「へぇ~。なるほど、なるほど。女の子なんだぁ? 一体、誰なのかなぁ? いつの間に彼女とかできたの? 最近までそんな素振り一つも見せなかったのに……。なぜだろうね?」


 うわぁ~。怖っ! え、なに? なんなの、この子⁉ めっちゃ、怖いんだけど……。


 威圧感が半端ない。これは嫉妬を通り越している。


「別にいいけど? お兄ちゃんが、誰と付き合おうが、関係ないけどさぁ。一つだけいいかな?」


「な、なんでしょうか? し、栞さん……?」


 栞が俺との距離を縮めてきて、栞が顔を近づけてきた。


「その人、今度、紹介してくれる?」


「はい?」


「お兄ちゃんの隣で歩く女性がどんな人なのか知りたくてね。ね、別にいいでしょ⁉ 減るもんじゃあるまいし。分かるよね? 私の日本語、分かる? アーユー、オーケー?」


 最後、英語じゃないのか? それに面倒くせぇ。お前は俺の母親か!


「うーん、そうだね……。今度ね。時間があればね。あるかなぁ、時間?」


「あ・る・よ・ね!」


「は、はい! あ、あります! もちろん、ありますとも‼ 時間はたくさんありますよね‼」


 ここまで顔を近づけられて、はい、ないです。とは、言えない。さて、困ったものだ。


 たぶん、葵の性格だから大丈夫だとは思うけど……。こいつに会わせるのは……。


 仕方がない。この性格だし、後々、約束を破ったら面倒だからなぁ。


「でも、紹介するだけだからな。変な事だけはするなよ」


 そう言うと、栞は俺から離れて、笑顔で、うん、うん、と首を縦に振った。


「分かればいいのよ、分かれば。それじゃあ、朝ご飯の支度があるから、お兄ちゃんはごゆっくりどうぞ」


 姿を消す時、振り返ってニヤニヤしながら、栞はその場を後にした。


 やれやれ、これは俺の作戦負けだったな。どうも、栞の手のひらで踊らされた感じだ。


 タオルをピンクのかごに入れて、俺はトイレにしゃがみ込んだ。


 さて、今日のデート、あの様子だと、絶対についてくるよな。

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