「さて、戻りましょうか? 時間も余りありませんし……」


 葵は弁当を持って、私にそう言った。部屋に飾ってある時計を見ると、もうすぐお昼休みが終わる。机の上に置いた弁当を持って、私と葵は、部室を後にした。


 すれ違う生徒たちを見るたびに、この時代の風景が、止まっているように見えた。


 いつか、元の時代に戻った時、私はどうなるのだろうか。


 いつも通り、学生生活を送って、大人になっていくこの人達が、今、何も知らない現状が羨ましい。同じ歳なのに、それでも、もし、願わくば、私もこの時代の人間だったらどうなっていたのだろうか。それだけが悔やまれる。


「玲奈は、なんで犬伏君と一緒にこの街に来たのですか?」


 葵が、遠い目をしている私に話しかけてきた。


「そうですね。深い事情は話すことができないのですが、一番の理由は、この街を気に入っているからでしょうか? 喉かな街で、私の故郷とどこか、似ているんです」


 本当に似ているからこれ以上、聞かないでほしい。この街が好きだからこそ、私の心は崩れていく。


「そうですか。私もこの街が好きですよ。この街には、自然豊かなところがあり、街としては活性化していると思っているんです。あなたが気にいることも分かる気がします」


 本当に隣で歩いてくれるあなたは優しい人だ。ちょっと不器用で、真面目なところもあるけれど、それでも今のあなたは変わらない。


 掃除が始まるチャイムが鳴り、私達はすぐに教室に戻った後、急いでそれぞれの清掃場所に移動する。同じクラスメイトの人と些細な話をしながら、掃除をし、時間だけが過ぎていく。


 午後の授業が終わると、ようやく、放課後になった。


 今日も何事もなく終わろうとする一日を私は、どのように大切にすればいいのだろうか。


 メールでは、今日の集まりに犬伏は来ないらしい。何か用事があると書いてあった。


 だから、放課後は、私と葵と坂田君の三人で週末に向けてのデートプランを考えるのだ。


 自分の道具をカバンの中に入れ、私は教室を後にした。


 放課後の学校は、一日の終わりをすごく感じる時間だ。校内から生徒が次々といなくなり、部活や下校をする生徒、他には職員室のある渡り廊下には、大学受験を控える三年生や小テストの再試を受ける生徒もいる。窓から差し込む夕日は、微かにオレンジ色が混ぜって、私の体を包み込む。


 私が向かっている文芸部室がある四階のフロアは、人がおらず、静まり返っている。


 部室の前にたどり着いた私は、一度、深呼吸をした後、部屋に入った。


 私が一番乗りらしく、二人はまだ、この部屋に姿を現してはいない。


 カバンを机の上に置き、部屋の窓から外の景色を眺める。


 この四階から見える景色は、私がこの学校に来てからずっと見てきた景色だ。

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