Ⅹ
数十秒、この大勢を保ったまま、私は辻中さんの温もりを感じ取った。
「あ、あの……。私達、一体、何をしているのでしょうか?」
私達?
私はゆっくりと体を離して、辻中さんの方を見た。彼女は、少し困った顔をして、照れながら苦笑いをしていた。その時、私は気づいた。
「えっ⁉ あっ! ご、ごめんなさい。すぐに離れますから!」
すぐに手を離し、距離を置こうとする私は彼女の顔を見ることができない。だが、辻中さんは、離れようとする私を離さず、私の体を抱きしめる。
「別に嫌というわけではありませんよ。何があったのかは知りませんが、こうしていると何だか落ち着きますね」
「は、はい……」
私の顔は再び真っ赤になり、それ以降は言葉が出なかった。
こうして抱きついている所を誰かに見られたくないが、もう少しだけ、このままでいたい。
しばらくして、辻中さんから離れると、私は顔を下に向けたまま、頭が上がらない。
「落ち着きましたか?」
辻中さんは、未だに緊張だらけの私に話しかける。
「は、はい。あ、ありがとうございます。すみません、色々と迷惑をかけて……」
謝っていることしかしていない私に辻中さんは、クスッと笑った。
「なんだか、みんなでいる時より二人でいる時、口調が変わりますね」
「そ、そうですか? あはは……。緊張しているからですかね……。二人っきりだといつもの調子が出ないと言いますか……」
やはり、辻中さんの前だといつもの自分じゃなくなるみたいだ。
「でも、私達は……その……友達なんですし、いつも通りでかまいませんよ。私は、富山さんの事、好きですよ」
そう言ってくれる辻中さんは、嘘を言っているように見えない。
「玲奈……」
「はい?」
「私の事は玲奈と呼んでください。上の呼び名でなく、名前の方で……」
キョトンとする辻中さんは、それを聞いて、再び笑った。
「分かりました、玲奈。私の事も葵と呼んでください」
「うん、分かったわ、葵」
私と辻中さん、いや、葵との距離が縮まったような気がした。でも、これ以上は距離を縮めてはいけないような気もした。この幸せな時間を壊したくはない。そう思う自分がいたからである。一緒にいられる時間は、そう長くはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます