そこには俺よりも背は低く、髪は肩の位置まで、口元には八重歯が見える。かわいらしい少女が、そこにいた。


「えーっと……」


「さっき、私の名前を呼びましたよね? 辻中葵って……」


 少し首を傾げる少女は、俺の方を見て言った。おそらく、この少女が辻中葵って少女なのだろう。まさか、朝っぱらから合うとは思ってはいなかった。というよりも教室で会うから変わらないか。それにしても昨日、犬伏や富山が話していた通り、性格は……うん、そうだな。可愛いけど……。


「あ、ああ……。その……俺、同じクラスの坂田陣平。よ、よろしくな? つ、辻中……」


「おはようございます。私は辻中葵です。……あの、私の顔に何かついていますか?」


 俺は辻中の様子を窺っていたのか。気になった辻中が、俺にそう言った。


「あ、いや、なんでもない。なんでも……。それを言うなら辻中はどうしたんだ? 俺をじっと見て、何かあったのか?」


「いえ、何でもありません。急ぎましょう。遅刻してしまいますよ」


 辻中は急いでシューズに履き替えると、教室へと向かってしまった。


「なぁ、犬伏」


「なんでしょうか、坂田さん? 何かありましたか?」


「あれが辻中なんだよな? ちょっと、変じゃなかったか? 様子が……」


「そうですね。あの様子でしたらおそらく、天使化の進行が進んでいるのかもしれません。まだ、僕たちが気づかないとするなら、おそらく、症状は軽い方でしょう」


「そうか。それならいいんだが……。天使化が進んでいる様子って、どうやったら見分けられるんだ? ちょっとした仕草でもわかるんだろ?」


 俺は犬伏に訊くが、犬伏は黙ったまま考え込んでしまう。


「仕草とかは分かりませんが、様子が非常におかしい。呼吸が荒い、立ってすらいられないのが天使化の発症ですからね。天使化の暴走は、すごいらしいです。早めに蹴りをつけておきましょう。その方がいい。我々も初めてですから対応が遅れたら面倒ですからね」


「そうだな。まぁ、やるとしますか。面倒だが……」


 俺は犬伏と歩きながら教室に向かった。


 教室に入ると、辻中は俺の席から近い席に座っていた。そう言えば、クラスメイトの席なんて覚えていなかったな。犬伏ですら知らなかったのに、俺より後ろの席に座ってやがる。


 辺りを見渡すと、富山は、クラスメイト達と話をしているし、ターゲットの辻中は、一時限目の授業の準備をしていた。


 次の授業の準備をする、これは当たり前のことだが、あいつ、友達でもいるのか? ずっと観察しているが、女子ならだれかと話くらいしているだろ? まぁ、知らんけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る