94.強かったなら
私は、スライグさんとともにベランダに出てきていた。
少し風に当たりたいと言った彼に、私が同行したのである。
「いい風ですね……」
「ええ……」
ベランダには、温かな風が吹いていた。穏やかな風だ。浴びていると、なんだか落ち着ける。
「正直な話……僕は、自分が少し情けないと思っているんです」
「情けない?」
「ええ……」
そこで、スライグさんはそんな言葉を呟いた。
情けない。その言葉の意味が、よくわからない。一体、何が情けないというのだろうか。
「僕には、戦う力がありません。それが、情けないと思ってしまうんです。僕がもっと強ければ、あなたを守れたのかと思うと……」
「スライグさん……」
スライグさんが重々しい口調で、そう語り始めた。
どうやら、彼が自分を情けないと思ったのは、私を守れないからのようだ。
その考えは、驚くべきものだった。まさか、そんなことを言われるとは思っておらず、私は大いに動揺してしまう。
「そ、そんなことは、ありません。スライグさんは、私のことを守ってくれています。このアルヴェルド王国に来た時から、あなたはずっと……」
「いえ、今回の出来事で痛感しました。結局の所、僕はあなたの前に立ち、守ることはできない。武芸を学んでいれば、そう思ってしまうんです」
スライグさんは、真っ直ぐな目でそう言ってきた。
彼は、相変わらず真面目である。私を直接守れないことを、そこまで気にするなんて、普通ではない。
それは、きっと彼の気質なのだろう。どこまでも真っ直ぐで真面目、それが彼なのである。
だが、流石にそれは背負い過ぎだ。彼は、充分私の力になっている。それ以上を求める必要なんてないのだ。
「スライグさん、あなたはその商人としての力で、私を助けてくれています」
「いえ、それは僕にできることをやっているまでです」
「それで充分なんです。それ以上なんて……」
スライグさんには、アルヴェルド王国に来た時から、ずっと力になってもらっている。
それは、彼の商人として育ってきたものによって、助けてもらったといえるだろう。
武芸の道を進んでいれば、それはまた違った結果になっていたはずだ。彼の言っていることは、無理がある。全てを取ることなんて、できる訳がないのだ。
「頭ではわかっているんです。でも、それが受け入れられないんです。もっとなんでもできたなら、そう思うんです」
「それは……」
「それは、欲張りなのかもしれません。でも……」
スライグさんも、自分でも私が思っているようなことは理解しているらしい。
しかし、それでもそう思ってしまうのだろう。
本当に、彼は芯から真面目である。私は、改めてそう思うのだった。
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