38.名前も知らない人
賄いを頂いた後、私は少し休憩していた。
この定食屋は、昼時と夕方のみ営業しているそうだ。特に昼時が忙しいらしく、夕方はそれ程でもないらしい。
「どうだ? 俺の料理も中々いけるだろう?」
「はい。ナーゼスさんの料理も、トゥーリンさんの料理もとてもおいしいです」
賄いは、とても美味しかった。確かに、この料理なら人気が出るだろう。あの常連さんが言っていたような理由もあるのかもしれないが。
「それにしても、ドルギアのおっさんもとんでもないことを言うよな……」
「ドルギア……あの常連さんの名前ですか?」
「うん? ああ、そうか。おっさん、名乗っていなかったんだな……」
私の言葉に、ナーゼスさんは苦笑いをしていた。
確かに、考えてみれば、私はあの常連さん達の名前をまったく知らない。私は名乗ったが、彼らは名乗っていなかったのだ。
それは、変な話だ。ただ、あちらも悪意があった訳ではなく、単純にタイミングがなかったか、忘れていただけなのだろう。
「あのドルギアさんと一緒に来ていた方は、どんな名前なんですか?」
「おっさんと一緒に来ていた方……ああ、あんたに聖女がどうとか聞いていた奴か」
「はい」
「実の所、俺も姉貴もあの人のことは知らないんだ。多分、おっさんの知り合いなんだとは思うんだが……」
「あ、そうなんですね……」
ドルギアさんが連れていた人は、別に常連さんという訳ではなかったようだ。常連さんの知り合いといった所だろうか。
正直、あの人のことは少し気になっている。なんというか、その質問がまるで私のことをわかっているかのようだったからだ。
もちろん、それは偶然かもしれない。だが、もしかしたら、彼は私が聖女であるとわかっていたのではないか。そんな印象があるのだ。
「でも、不思議な客だったよな……雰囲気があるというか、なんというか……」
「ええ」
「まあ、おっさんの知り合いだったら、これからも来るのかもしれないし、名前はその時に聞けるだろう。どうしても気になるなら、おっさんに聞くという手もある訳だし」
「確かに、そうですよね」
ナーゼスさんの言う通り、彼のことは今度会った時に確かめればいいだろう。
そもそも、仮に私が聖女だと知っていたとしても、問題がある訳ではない。別に私は罪人という訳でもないので、困ることはないのだ。
「さて、夕方は昼時程は忙しくないが、それでも気合は抜かないでくれよ」
「はい、もちろんです」
ナーゼスさんの言葉に、私はゆっくりと頷いた。
こうして、私は夕方もトゥーリンの定食屋さんで働くのだった。
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