35.過去のことは
一番忙しいらしい昼時が終わり、店内はだんだんと落ち着いてきた。
トゥーリンさんやナーゼスさんもこちらに来てくれたおかげで、なんとかお客さんは捌くことができた。
だが、これが毎日続くと大変である。流石に、もう一人くらいは人員が欲しい。
「へえ、つまり、お嬢ちゃんは件のズウェール王国から来たのかい?」
「はい。といっても、私は丁度騒ぎが始まる前に国を抜け出したんですけど……」
「そうかい。まあ、それはなんとも運が良かったといえるのかもしれないな……」
暇ができてから、私は二人と店の常連さん達と話していた。店に余裕ができると、こうやって話すのがこの店であるらしい。
新人ということで、私は自己紹介から始めていた。ズウェール王国から移住してきたということで、私はお客さんにかなり興味を持たれているようだ。
現在、あの王国は大変なことになっている。話題としては、事欠かないのだ。
「……ズウェール王国では、どのようなお仕事を成されていたのですか?」
「あ、えっと……」
お客さんの中の一人がしてきた質問に、私は思わず言葉を詰まらせてしまう。
その質問は、されて当然ではあるが、私にとっては少し焦るものだからだ。
だが、これで焦るようでは今後やっていけないだろう。もっと冷静な対応をするべきだ。
「管理職のようなものをしていました」
「管理職ですか。それはすごいですね……」
「いえ……」
私の答えに、お客さんは感心してくれた。別に完全に嘘をついているという訳ではないのだが、なんというか少し心が痛い。
「管理職というと、ズウェール王国には聖女がいましたね……」
「え?」
そのお客さんは、私が驚くべきことを言ってきた。
聖女、まさかその単語が出てくるとは思っていなかった。そのため、私は少し動揺してしまう。
だが、よく考えてみれば、話の流れ的にはそこまでおかしくない。ズウェール王国の管理職という言葉から連想すれば、聖女が浮かんできても普通のことだ。
「おや、どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません。なんというか、聖女様は今どうされているのだろうと思って……」
「すみません。余計なことを言ってしまいましたね……」
「気にしないでください」
私が妙な反応を示したからか、お客さんは少し暗い顔になってしまった。
こんなことではいけない。接客業なのだから、お客さんにこんな顔をさせていい訳がないだろう。
私は少し気を引き締める。過去のことを気にしてばかりではいけない。今のことをもっと考えるべきだ。
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