15.二人の父

 私は、ナルキアス家に招かれていた。

 スライグさんに客室に通されて、私はセレリアさんとともに待っている、なんでも、父親を連れてくるらしいのだ。

 私は、それなりに緊張している。この町の有力者と会う。今後を決めるそのことに、私は平静ではいられないのだ。


「ルルメアさん、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。父は、基本的には気さくな人ですから」

「基本的には?」

「ええ、まあ、その……色々と問題はありますけど、少なくともこの会合においては、問題ないと思います。父は、兄を信頼していますから」

「そう、ですか……」


 セレリアさんの言葉で、私は少しだけ安心した。ただ、それでも不安を完全に拭える訳ではない。


「失礼します」

「あら? 兄さん、父さんを連れてきたの?」

「……ああ」


 私が色々と焦っている内に、スライグさんがお父さんを連れてきた。いよいよ、ナルキアス商会のトップと対面するのだ。

 戸がゆっくりと開かれて、二人の人物が部屋に入ってくる。一人はスライグさん、もう一人は彼によく似た壮年の男性だ。


「ふむ……君が、ルルメアさんかな?」

「は、はい……」

「ああ、緊張しなくてもいい。息子と娘の友人に気を遣ってもらおうとは思わないからね」


 セレリアさんの言っていた通り、二人のお父さんは明るい人だった。人当たりの良い笑みを浮かべている彼を見ていると、だんだんと安心してくる。

 だが、私は直後にその考えを改めた。相手は商人だ。そういう笑顔は、得意技だろう。


「しかし、まさかスライグが女性を連れてくる日が来るとは……今日は雪でも降るのだろうか」

「父さん? 別に僕はそういう意味で彼女を連れてきた訳では……」

「本当よね、父さん」

「セレリア……」


 ナルキアス一家は、私の前でそのようなやり取りを繰り広げた。そのやり取りで、スライグさんの家での立場が見えてくる。

 それに、私は思わず笑いそうになった。油断してはならないと思っているのに、微笑ましいと感じてしまったのだ。


「……さて、緊張もほぐれてきたかな?」

「え?」


 そこで、二人のお父さんはゆっくりと笑みを浮かべた。

 その笑みは、先程とは少し違う。策士の笑みとでもいうべきだろうか。どこか、得意気な笑みである。

 それを見てわかった。彼は、私の緊張をほぐすために、わざとこのようなやり取りを繰り広げたのだと。

 なんというか、彼は本当に気さくな人物であるようだ。同時に、策士でもあるのだろうが。


「自己紹介をしておこうか……私は、サルドン・ナルキアス。ナルキアス商会の最高責任者であり、二人の父だ」

「えっと……私は、ルルメアといいます。よろしくお願いします」

「うむ、よろしく」


 サルドンさんから差し出された手を、私はゆっくりと握った。こうして、私は二人のお父さんとの自己紹介を終えたのである。

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