第71話 途切れた記憶の欠片。
「……」
「あ、茜…今日はちょっと…はぁ…」
「うん…?」
なんだ…、先の姿は…?疲れて変なことが見えるのか…?
唇を離れる茜からあの子の姿が見えて…、俺らしくない…。何を動揺してるんだ…?目の前にいるのは茜だろ…、茜だからしっかりしろ。馬鹿馬鹿しい…、もう知っているはずなのに…あの子の声とともに見えるその姿が俺を苦しんでいた…。
「……」
一瞬だけ心臓が止まるような気がした。
「今日はちょっと…、また今度にしよう…」
服の中に手を入れて、俺の肌を触っていた茜がぼーっとしてこっちを見る。
「どうして…?い、嫌なの…?」
「いや…、そんなことじゃなくて…」
いけない、冷や汗が…。
緊張しすぎて茜から目を逸らしてしまった。なんで…、茜の姿からあの子を…顔すら覚えていないあの子が出るんだ…?どうしたら、一体どうしたら俺がこの苦しみから自由になれるのか…それが知りたかった。その写真の中にいるもう一人の女の子を茜は知っているのか…?茜には大切な写真って言われたから…、でも…こんなことを言ったらまた嫌われるかもしれない。茜の嫌そうな顔を俺は見てしまったから…。
「私に触れるのが嫌だった…?」
「ち、違う…。ただ…雨宮さんが居間で寝てるから…」
「そんなこと、関係ある…?静かに私たちの時間を過ごせばいいの…」
そう言ってから俺の服を脱がせる茜に、また抵抗してしまう。
「……」
「どうしたの…?お母さんの話だけじゃなくて何かあるんでしょう?私に話してみて…」
「……俺は茜に言えない、それは言えないことだ」
「何で…私には言えないの?」
「茜が嫌がる話だから…」
「大丈夫だから言ってみて…」
そんな話を茜の前で言ってもいいのか、心配している顔で俺を見つめる茜に…俺は少し悩んでしまう。まず下着姿の茜に布団をかけてから我慢していた息を吐いた。そして俺の膝に座っている茜に手を出す。ゆっくり、顔から腕まで撫で回した。もしまた茜からあの子の姿が見えるなら、その時ははっきり言ってあげよう。
「……っ、柊くん?」
「……」
目を閉じてから茜を触ってみた。すると、俺の中からいやらしい影がどんどん近づいてくる。そう、見たことがある。これは「あの子」の影、俺が思い出せないからそんな姿をしているんだ…。じゃあ…どうしたら君は自分の顔を見せてくれるんだ…?
———方法はお兄ちゃんが知ってるのに…、何で真実から目を逸らす?
いや…、俺は何もしていない…。
お前のことなんか知らないから…、お兄ちゃんと呼ぶな…!
———私はずっとお兄ちゃんのそばにいたよ。ずっと…、その体はまだ忘れていないのに…、どれだけ足掻いてもお兄ちゃんは私のことを忘れられない…絶対。どんな形でも私はお兄ちゃんのそばにいる…、お兄ちゃんが生きている限り…ずっと罪だと思っていたその罪悪感は消えないよ…。
———永遠に…。
頭の中に響くその声はとてもつらかった…。
「黙れ…!黙れ…!」
「柊くん…?」
「思い出せない…、何これ…。茜は知っている?あの写真の中にいるあの子…誰なのか知ってる…?知っていたら教えてくれ…頼むから、もうダメだ」
「柊くん…を縛り付けていたのはあの子だったの…?」
気づいたら涙を流して、茜に頼んでいる俺がいた。
これはもうダメだ。この関係を続けるためには、あの子のことを思い出す必要がある。だから教えてくれない…?俺はどこから間違っていたんだろう…。茜…。
「うん…」
「もしかして、あの子を思い出せない…?本当に?嘘…、そんなの嘘だよ!お兄ちゃんはあの子と私を仲間はずれにしたから…私は全部覚えている!いつも…二人は…そうだった…。私と約束したくせに、お兄ちゃんのそばにはいつもあの子がいたよ…。私なんかもういらないの…?」
「いやいや…、な、なんの話?何の話…?」
この話…まるで俺とあの子がすごく親しい関係だったことに聞こえるけど…。あの時、玄関で倒れていた俺が見た夢と同じ…なのか?あの部屋で俺を呼んだあの子は俺の恋人…、いや…それ以上の関係に見えていた。俺だけが思い出せない関係…か。
「お兄ちゃんは…、またあの子と一緒にいたい…?怖い、私はお兄ちゃんが私のことを思い出さなくてもいい…と思ってた。私を思い出すと、あの子も一緒に思い出してしまうから…。最初は悲しかったけど、今は付き合ってるから…あの子のことももう忘れたように見えたから…ずっと我慢していたよ…。でも、お兄ちゃんはやっぱりあの子が好きだよね…?」
「茜…」
「ずっと心配してた…。お兄ちゃんがたまに見せるその顔が少し悲しくて憂鬱に見えたから心配してたよ…。それがあの子のせいなら、何で私に好きって言ったのよ!そんなに気になる人だったら…。何で…!いまだにあの子のことが好きなら、どうして私にそんなことを言ってくれたの…?ねえ、柊くん…」
茜が泣いていた。とても悲しい顔で泣いていた…。
俺は何一つ言えないまま、茜を見つめることしかできなかった。彼女が言っていることは昔の俺とあの子のことなのに、俺は何一つ思い出せない。ただ涙声で言っている茜の話を黙々と聞いているだけ、どんどん心臓が痛くなるのを感じていた…。
とても悲しいのに、わけわからない涙が落ちていた。
「カナンちゃんのことはもう忘れて…。今の彼女は私でしょう…?もう私の居場所を取られたくない…。柊くんのそばにいるのは私だよ…」
「茜…」
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