10:加藤の憂鬱。

第47話 ココアの縁。

 こうなると思っていた。あの先輩はまだ俺のことを諦めていない、それも当然か…。デートをする時に払うお金も、ブラント品のプレゼントを送ったのも…先輩にとって幸せったかもしれない。最初は優しい人だと思ってたのに、なぜどんどんそんな風に変わって行くのか…、俺には理解できなかった。


 俺のせいで…、また柊に迷惑をかけてしまった…。

 もう柊には嫌なことをさせたくなかったのに、だから黙って俺を呼び出す先輩について行ったんだ…。でも、どうしてお前は当たり前のように…俺の手首を掴む…?その腕…、後ろから俺の防ぐためにあざができたんだろう…。この三年生、あんまり強くないからな…、ただの腹いせで俺を呼んだのは知っていた。でも、言わなかった。


 意地っ張りの先輩たちに、もう飽きた。

 この人生もあんまり楽しくない…、特別ではないこんな人生…やはり俺もあの人のように決められたレールの上を走る運命か…。あの日、俺がお前と会わなかったら俺たちの生き方は少しでも変わったかな…?いまだに、後悔している…。


「俺は悪いと思っている…」


 ごめん…。お前が俺と出会ったから…、こうなったかもしれない。

 俺もただ普通に生きていきたかっただけ、いつかお前と森岡と思い出を作りたかった。お金持ちで、豊かな家庭だけど…、お金で買えないものはたくさんあるよ…。


「せ、先輩…。大丈夫ですか…?」

「誰…?」

「あ、あの…私、上野美穂と言います」

「そっか…、茜ちゃんの友達か…」

「はい!」

「一緒に行かないのか…」

「先輩のことが心配になって…、先輩も保健室に行きましょう!」

「いいよ…。俺より柊の方が先だから…」


 みんながいなくなったこの屋上に美穂ちゃんが残っていた…。どうして…?


「じゃあ…、私もここで待ちます」

「そんな必要ないから早く戻れ…」

「嫌です…」

「先輩の話を聞かない後輩は怒られるよ?」

「……っ!」


 目を閉じて震えている美穂ちゃんに、笑いが出てしまった。


「ご、ごめん…。冗談だよ」

「……ひどい」

「ごめん…、でも本当に大丈夫だから戻ってもいいよ。俺はここでのんびりしたい」

「ちょっとだけでも…先輩と一緒にいるのはダメですか?」

「なんで…?」


 またこのパタンか…、これ以上他人と関わりたくないから俺がダメ人間ってことを教えてあげたら、もう近づかないんだろう?年下だし、適当に手を出したらすぐ怯えるかもしれない。こんなことをするのも…、けっこう疲れるよ…。


「……ダメですよね。すみません」

「いいよ」

「は、はい?」

「いいけど、俺と一緒にいたいなら何かしてくれない…?」

「何を…」

「そうよ…。試しに…キスでもしてみる?」

「……」


 耳元で囁いたその言葉に美穂ちゃんの体が固まる。びっくりして顔を赤める美穂ちゃん、彼女はウジウジしながら俺の話に答えてくれなかった。当然だよな…、いきなり知らない男とそんなことができるわけないし…。女の子にこう言うのも失礼だと思っている。


「……うう、あの…それは」

「ダメなら教室に戻って…、俺さ、そんなにいい人じゃないから…」

「じゃあ…、キスしたらここにいてもいいってことですか?」

「うん。そうだよ」

「……」


 拳を握っているのは心の準備をしているってことか…、ダメだよなこれは。


「や、やっても構わないので…!今はそばにいさせてください…!」

「……」


 どこまで我慢できるのかな…。

 やってはいけないと思っていたけど、そばに座っている美穂ちゃんを後ろに倒した。夏服を着ている彼女の腹が丸見えになって、短いスカートがギリギリパンツを隠している。もうちょっとで俺たちは一線を越えてしまうかもしれない…。


「やってもいいって言ったのは美穂ちゃんだよ…?」


 二人の間に静寂が流れる。


「……ご、ごめんなさい…。先輩、私やはり怖い…」


 唇を重ねる前に目を開けた。

 すると、倒れていた美穂ちゃんが目を逸らして静かに涙を流していた。怖くて抵抗もせず、ただ俺の足を掴んでいるだけ。俺も無理やりこの子とやるつもりはなかったから、今すぐ教室に戻ってほしかった。


「分かった。俺が負けたからもう泣かないで…」


 俺らしくないな…、なんでこんなに慌ててるんだ…。


「ごめんなさい…」

「いや…、いいよ。俺が悪い…ほら、泣かないで」


 持ってるハンカチで美穂ちゃんの涙を拭いてあげた。

 こっちを向いてじっとしている美穂ちゃん…、女の子がこんなに泣くのは初めて見た。すごく悲しくて胸に刺されるほど、美穂ちゃんの涙に動揺してしまう。今まで付き合ってきた人たちとはなんか違う雰囲気だった。


 俺が泣かせたくせに…、何を考えてるんだ…。


「うう…、ごめんね。ジュース買ってやるから、ちょっと待って!」

「……」


 そして美穂ちゃんに渡したアイスココア。

 じっとしている彼女を見て、俺も不安になってしまう。やっぱりやりすぎたかな…、俺ってやつは後輩に何をしたんだ…。ったく…。


「ココア…。やっぱり…、加藤先輩」

「うん?どうした?」

「先輩は中学生の時からずっとココアが好きだったんですね?」

「え…?なんでそれを知ってる…?」

「〇〇中学校、同じバドミントン部だった上野です…。覚えていませんか…?」

「あ、あの時の?」

「一年くらい…、練習したくせに…。なんで忘れたんですか?」

「……ごめん。俺後輩に何を…、いや…なんかしつこい人が現れたからちょっと…俺なりの追い払う方法って言うか…」

「やっぱり先輩らしい…。あの時も先輩一人だけ、忙しかったんですよね?他の女子たちに囲まれて」

「だよな…」


 あの時の後輩だったのか、大会にもよく出たことある「上野美穂」。

 久しぶりに聞いた名前だ。そっか、美穂ちゃんはあの時の後輩だったのか…、俺には頑張ってるイメージが強い女の子だったから、すぐ思い出せる。中学生の時とはちょっとイメージが違うけど、間違いなく美穂ちゃんだった。


「あの時も、今みたいにココアを買ってくれたんです」

「そっか…、懐かしいね」

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