第46話 彼氏のことばかり。−2
喧嘩なんて、先輩たちはどうしてお兄ちゃんのことを嫌がるの…?
なんの関わりもないのに…。
急いで屋上に着いた時、扉の向こうからお兄ちゃんと加藤先輩の声が聞こえた。そして誰かに怒られている声もともに聞こえて…扉を開けようとしたけど、少し緊張した私の代わりにそばにいた美穂ちゃんがその取っ手を握って扉を開ける。
「だから、お前らは…!」
「あれ…?」
「あれ?」
なぜか倒れている三年生、そしてそこには先生に怒られているお兄ちゃんと加藤先輩がいた。
「一年生はここになんの用だ?」
「あ、あの…」
「吉田、あの子柊の彼女だよ」
「はあ…?お前…、はあ…。まぁ、いい。この件は先生に任せろ…、そしてまたこんな問題起こすな…と言いたいけどな、特に問題を起こしてないから…ほどほどにしてくれ…。どんな意味なのか分かってるんだろう?」
「はいー」
そう言ってから屋上を出る吉田先生に三年の先輩たちがついて行く。
先生と先輩たちの姿が消えた後、すぐお兄ちゃんのところに行こうとした私は敷居に足が引っかかってしまって、恥ずかしい声を出しながらみんなの前で転んでしまう。
「エップ…!」
「……茜ちゃん」
は、恥ずかしい…。
「茜!大丈夫?」
「……恥ずかしいから何も言わないで…」
「おい、柊。茜ちゃんを保健室まで連れて行け」
「お前は?」
「ちょっと屋上で休憩」
そう言ってからお兄ちゃんは私を保健室に連れてきた。
何もなかったように、膝を消毒して絆創膏を貼ってくれるお兄ちゃんはむしろ私の心配をしてくれた。美穂ちゃんは屋上に残ってる加藤先輩を保健室まで連れて行くって言ったけど、加藤先輩の顔色がちょっと悪かったことに気づいて私は不安になる。
「なんで…L○NEしない?」
「うん?いや…そんな暇なかったから…」
「心配になるじゃん…。先もクラスの男子が教えてくれたの…」
私は、話しながらお兄ちゃんの右手が震えていることに気づいた。
「まぁ…、心配させたくないって言うか。加藤のやつ、あちこちで嫌われてるからね…、俺も同じだと思うけど…」
「柊くん…」
「うん…?」
もしかして…そんなことはないと思うけど…。
お兄ちゃんが着ていたジャージーの袖を捲り上げた時、紫色のあざができていた。やっぱり先から手が震えていたのは…、先輩たちに殴られたから…。じっとして何も言えなかった私に、お兄ちゃんが左手で頭を撫でてくれた。
「心配しなくていいよ…。元々、あの先輩たちが悪いんだよ。もう昔のことで喧嘩を売るからね?俺はお負けでついて行っただけ」
「でも怪我するのはダメだよ…」
「ごめん…。じゃあ、茜がやりたいことがあるなら話してみて、行きたい場所とか…そんなこと!」
「本当?デートするの?」
「うん!もちろん」
嬉しいけど…、お兄ちゃんが無理しないで欲しい。
そして私はお兄ちゃんと授業をサボってしまった。もちろん、美穂ちゃんが先生によく説明してくれたから問題はないけど…、今はそれより気になるのがある。それは私のそばでうとうとしているお兄ちゃんが言ってくれた加藤先輩のことだった。
加藤先輩はとても明るい人で、誰とも仲良くしたがる。
適当に距離を置いて、関係を続けるのがけっこう楽しいと言う人だった。
外見も外見だけど、そのすごいオーラに人を近寄せる力があったから中学生の頃から人気者だった。高校に来ても周りには女子ばかりで、たまには先のように先輩たちに呼び出されて喧嘩をする時もある。それほど、憧れの対象になっていたんだ。
その度、加藤先輩はいつもお兄ちゃんに「分からない」と言った。好きになって付き合って、好きじゃないから…あるいはあの人のことが嫌になったから別れる。それは普通じゃないのか…と、加藤先輩は確かにイケメンだった。お兄ちゃんに比べたらほんの少し足りない感じはあるけど、否定できないイケメンだったと思う。
でも、人間って自分が手に入れたものをそう簡単には手放さなかった。
ダメなところを素直に話しても変わらない人とどうやって関係を続ける?
加藤先輩の恋愛経験はお兄ちゃんよりすごかったって、いろんな人と付き合っていろんなことを学ぶ。そのうち、加藤先輩は人間と言う存在に飽きてしまったようだ。
そんなくだらない関係を続けるのはもう意味がないって、お兄ちゃんだけがいてくれれば今の学校生活はそれで満足だって話した。
ちょっと悲しそうに見えた加藤先輩の顔が、お兄ちゃんも心配になるらしい。
そう言ってから私の頭を撫でて、今はこっそり居眠りをしている。
「柊、俺は悪いと思っている…」
ふと思い出すその言葉、屋上を出る前に加藤先輩が話した一言だった。
その意味がよく分からなかったから、私は首を傾げるだけ。でも、お兄ちゃんはどうして加藤先輩に答えず、私を保健室に連れてきたのかな…?
何かあったかもしれない…。
「私がいないうちにいろんなことがあったよね…?お兄ちゃん…」
目を閉じているお兄ちゃんと手を繋ぐ。
私は幸せになったのに、どうしてお兄ちゃんは幸せにならないの…?私を見ているのに…、見ていないような気がする。何も言ってなかったけど、私も分かるよ…。もう昔の私じゃないからね…。
……知らない何かがお兄ちゃんのことを縛り付けている。
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