第43話 何もなかったように。

 会長の話はちゃんと理解している。

 だからこそ、あんな人には関わらない方がいいと判断した。自分の世界に住んでいる人は他人の話を聞こうとしない。見たことだけが、あるいは自分が正しいと考えていることだけが真実だと意地を張るんだ。


 周りの人がそんな馬鹿馬鹿しいことに巻き込まれるのは遠慮しておく。


「柊くん、柊くん…」

「うん…?」

「深刻な顔をして…、嫌なことでも思い出したの?」

「いや…、うん!深刻なことだよね。夕食のメニューはいつも真面目に考えないと…」

「……心配して損した!」


 うちのエアコンが故障して、今は茜の家でテストの勉強をしている。

 そんなに俺のそばがいいのかな…、テーブルに座る時は向かい合うのが普通だと思うけど、茜はいつも俺のそばに座っていた。それからある程度勉強を終わらせた茜は足を伸ばして、あくびをしながら俺に寄りかかる。


「ねえ、先からスマホばかり…、何してる?」

「うん…?あっ…、ちょっと友達と…」

「友達?誰?女?」

「違う…、加藤だ。加藤…」

「へえ…、なんの話してるの?見せて!」

「いや…、それはちょっと誰かに見せるものじゃないから…」

「見せて…!やっぱり女だ!」


 俺に女がいるわけないだろう…。しかも、この会話を茜に見せるのは早い…、こいつはどうしてこんなタイミングで変なL○NEを送るんだ…?他の意味で見せてはいけない。てか、茜しつこい…。手を伸ばして俺からスマホを取ろうとしている。


「いやいや…、ちょっと茜!」

「誰…!はっきり言えない理由があるから見せてくれないんでしょう?」

「くっつきすぎ…」


 精一杯手を伸ばす茜の胸が俺の顔に近づいて、それにびくっとしたらいつの間にか茜にスマホを取られてしまった。目の前で俺のスマホを見せつけて「フフフッ」と笑う茜が加藤との会話を見る。


 海「柊がそう思うなら、俺も黙ってるからさ…。それより今何してる?」

 柊「茜と勉強」

 海「家?」

 柊「そ、茜んち」

 海「知ってると思うけどな、避妊はちゃんとして!分かった?」


「……な、な、何を話してるのよ…!」

「だから見せたくなかった…。加藤のやつ、こんな時だけテンション上がるから」

「うううっ…、恥ずかしい会話しないで…」

「でも、心配しなくていいよ。茜とはしないから…」

「……知らない!」


 加藤のやつ…、余計なことを言うから茜が怒ってるんじゃないか…。

 バレなかったら夕飯も楽に食べられると思うけど、ちょっと曖昧な顔をしてるから話しづらいな…。俺は…そんな冗談に慣れてるから、でも茜の場合は違うんだろう。今高校生になったばかりで、彼氏も初めて付き合って…ファーストキスも俺とやったから…。


「……」


 まだ何も知らない女の子とそこまでやるのは無理、俺も茜とは普通に…健全な交際をしたい。ありふれたそんな日常を、二人で送りたいんだ…。


 キスマークの件で健全とは距離ができちゃったけどな…。


「ごちそうさまでした。今日はこれで帰るね」

「えっ…?柊くん…家のエアコン故障したじゃん」

「そうだけど、家すぐ隣だから泊まるのもちょっとおかしいだろう?」

「うちでゆっくりしていいよ…。彼氏でしょう…?」

「……そう言うなら…」

「うん!」


 とか、先のことで完全に怒ってると思った…。

 ここに泊まるんだったらやはり居間で寝た方がいいな、女の子の部屋はちょっと苦手だから後で寝床を作ってもらおう。


「私、洗い物をするから先にお風呂入ってて!」

「うん…。ありがとう」

「これ!タオル!服は探してみる!」

「うん…」


 彼女の家でお風呂か…、ちょっと緊張するけどこれもこれなりにいいと思う。

 それよりあのクッソ加藤に一言言わないとな…。


 柊「おい、起きてんのか」

 海「おー、こんばんは。起きてるよ」

 柊「死ね」

 海「?」

 海「柊?」

 海「柊??」


 すっきりした…。これで今夜はぐっすり眠れるかも…。

 それより…、やっぱ女の子の家だよな…って感じがする。お風呂に入浴剤まで入れてくれたんだ。これって欧州にある高そうな入浴剤ブランド…、茜と寝る時に感じられたいい香りは入浴剤の香りだったのか…?ちょっと、変なこと思い出すな俺…。


「ふ、服はまだ探してる!私が持ってるのは柊くんとサイズが合わないから…」

「あ、ありがとう!」


 一息ついてから風呂を出る。久しぶりの風呂だな…体も精神もすっきり。


「それより茜、遅いな…」


 服を探すのは時間がかかるのか…、ここで待つのもおかしいからまずは体を拭いて茜を探すことにした。


「は、裸…!」

「いや…、裸じゃないけど…」

「服はソファに置いておいたから!わ、私もお風呂入る!」


 とか、言ってあっと言う間に消えてしまった。

 居間で寝るから布団を…、まぁ…それを言うのは後でいいっか。仕方がなく、そのままソファで茜が出るのも待っていた。


「はぁ…、すっきり」

 

 そして風呂から出る茜にすぐ声をかける。


出してくれる?」

「な、なんでまだ裸なのよ…!」

「え…、パンツはいてるし…。別にこれくらいは…茜にはダメだよな…」


 俺の基準で考えてしまった…。

 

「でも、茜がくれた服…俺に合わないけど…?サイズ」

「そ…そう…?あの布団は一つしかないから私の部屋で寝よう!服は…」

「女の子の部屋はちょっと…、俺居間で寝るから…」

「なんで…?」


 なんでって言われても、本能が拒否するって言うか…。

 その話にはなぜか答えられなかった。


「いや…、いいっか。とにかく髪の毛乾かして…」

「うん!」

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