第14話 シューゲルのプチ功績
◇
なんと晴れやかな日だろう、昼飯前に我等は演習に出かけてきている。出発が早い方が若干有利な位置が与えられるそうだ。先着有利は戦場の常だからな。
「でだ、雪山のど真ん中にまでやって来て『ここがスタートだ』って? ふざけているのか!」
飛行してきたので地形は把握している、四人が一緒ではぐれる心配もないし、各種の装備はすべて希望の物が揃った、重畳だ。ではなにが問題か。
「マリー一号生、状況を簡潔に報告せよ」
エミー・マリー、エミーが名前らしい、マリーは姓だ。すらっとした体形で、敏捷性が高そうな女だ。実際スポーツではかなりの好成績を出していたような記憶がおぼろげに残っている。
「ヒトヒトマルマル、学校の東の雪山で、小隊四名が演習に来ています。七十二時間以内の帰還が目的で、登山装備、防寒装備、歩兵用軽装備を行い待機中」
そうだ、万全の態勢でこの場に立っている。いま持っているものが全てで、以後補給は無いと思って行動すべきだ。どこかの小隊と合流するのがプラスになるかは解らんな。
「良い報告だ。だが重要な部分が抜け落ちているな」概算だぞ、これは簡単な計算による大まかな数値だ「飛べば直ぐだが、学校までは三十キロはあるぞ。これを歩きで踏破するのは正直限界ギリギリだ!」
路は確実に積雪の悪路、直線でなど進めるはずがない。何よりも荷物を抱えて歩くだけで恐ろしい労力だ、途中で悪天候になることも想定しておくべきだろうしな。
「一日で十キロなら、結構余裕あるんじゃないんですか? 確か徒歩って時速四キロくらいって話でしたよね?」
「アルヴィンさん、それって道路を軽い荷物で歩く時の数字だよね。きっとそのペースで進んだら私達、一時間でスタミナ切れになるんじゃないかなって思うわ」
ふむ、アイナ・エリマンデルが指摘してくれるならばそれで良い。計画的に進むためには同一の負荷をかけ続けるのが理想だ、どこかで急ぐと言うやり方は良くないぞ。
「吹雪の豪雪地帯を、登山家が進んだ時なんて、朝から晩まで歩いてたった二百メートルしか進まなかった、なんて話もあったよね。それは流石に極端だけど」
「ほうよく知っていたな、一般的には吹雪の時は動くべきではないという教訓に使われる話だが、我等は軍人だ、そういうわけにもいくまい。まずはそうだな、どれだけ楽を出来るかにかかっている、あの林を目指して歩くぞ。私が先頭でエリマンデル生徒、アルヴィン生徒、マリー生徒の順で一列だ」
昨日のレポート、こんなことを想定して書かせたということだったとはな。そこにヒントがあったとは気づけと言う方が無茶だ。
一歩一歩足を踏みしめて雪道を進む、先頭が一番体力を要すると言うのは本当だな、既にきつい。だがあの林までたどり着けば改善するさ。何とか、それこそ見えているのに一時間は掛けてようやくやって来る。
「隊長、今度からは私が先頭を行きます」
「エリマンデル生徒、悪いが任せる。だがこいつを使って楽をしようじゃないか」
木を手でペシペシと叩く。そこそこの太さの枝を切り落とし、工作を始めた。一時間かけて製作したのは、畳一枚分ほどのサイズのソリだ。接地面はブルーシートを貼り付けているのでしっかりと滑るぞ。
「おおっ、これなら重い荷物を背負わずに済むね! さすが隊長、ちっこいのにあったまイー!」
むっとしてエミー・マリーを睨んでやるが、にこにこしてるだけで怯みもしない。ふん、だがまあいいか、これから苦楽を共にするのだ多少は慣れ合うのもな。
「こいつの真価は滑走だ、下りはかなりの楽が出来るぞ、期待しておけエミー」
そう名前で呼ぶとアイナと視線を交わして笑う。
「隊長、この引っ張る紐、もう少し長くしても良いですか。私たちじゃ少し短くて」
「なに……そうか、アイナの好きにするんだ」
指揮官である私が体力仕事をする必要はないが、アリアスまで全部免除では二人に負担が大きすぎる、短時間であっても混ざるべきなんだろうな。
「あー!」
「急に声をあげてどうした、何か忘れものかアリアス」
思い出しても今さら遅いがな。一応どうしたかを問いかけてみる。
「前にシューゲ……えーと、おじいちゃんが水面を歩けるような装備を開発するって、色々とやっていたのを思い出しました」
シューゲルというとあの開発技師のことだな、じじいだったのか。それにしても水面を歩くとは、どうにも頭の回線がおかしいとしか思えん。
「で、それはいま役に立ちそうなのか?」
「なんか、アメンボウの理論がどうのって。やってみない事には解りませんけど、こういう感じの――」
話を聞いてみると、恐らくは足が沈まない為の板を足につけるという話だろう。かんじきとか言った名前のものだった気がするな。
「さして時間はくうまい、製作してみよう。カンヴァスを持ち込んでおいて良かったな」
麻布だよ、油絵の布のほうが知名度は高いかもしれん。こいつが色々と使えるんだ。木材を組み合わせてそれをカンヴァスで被いこんで縫い付ける、長靴に紐で括りつけて恐る恐る歩いてみた。
「これ楽ですね! アリアスさん、名案でしたね!」
ふむ、確かにこれはかなり体力消費を減らしてくれるな。こういう働きがあるならば、アリアスの免除もしやすい。私も頑張らないといかんな。
「よし、ではこれより行軍を行う。エミー、アイナ両名がソリを引け、我等は後方からついていく」
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