三人より一人の方が、やりやすい場合もある。

 ミドは一瞬の油断でゾイに蹴り飛ばされて壁に激突、瓦礫の山に埋もれる。


「のわッ!?」


 鋭い斬撃がミドの鼻先をかすった。

 それでもゾイの斬撃は止まらない。

 ミドはギリギリで包丁を回避しながらカウンターを返して、激しい攻防を繰り返す。


 斬られる! 避ける! カウンター! 受け流される! 斬られる! 避ける! カウンター! 受け流される! 斬られる! 避ける! カウンター! 受け流される! 斬られる! 避ける! カウンター! 受け流される! 斬られる! 避ける! カウンター! 受け流される! 斬られる! 避ける! カウンター! 受け流される! 斬られる! 避ける! カウンター! 受け流される! 斬られる! 避ける! カウンター! 受け流される! 斬られる! 避ける! カウンター! 受け流される―― 


 エイミーは、その光景をただ眺めるしかできなかった。目の前で繰り広げられている戦いは、エイミーにはどうすることもできないほど常人離れしていたのだ。

 彼女も吸血鬼の血のおかげで身体能力には自信がある方だったようだが、あまりにも領域レベルが違い過ぎる。特にゾイという白髪の女は速度スピードが速すぎて目で追うのがやっとである。

 対してミドという緑髪りょくがの少年は定位置からほとんど動かず、基本的に防御とカウンター攻撃に徹している。速度スピードではゾイにかなわない、そう理解しているからだろう。

 信じたくないことだが、ゾイはまだ本気のスピードを出していないのかもしれない。その証拠に、一瞬だけ垣間見えるゾイの顔は汗一つかいている様子はなく、ニタニタと嗤っていた。それに比べてミドの表情は固い。攻撃を受けたり避けたりするのがやっとで、カウンター攻撃は中々出せていない様子である。

 フィオはしゃがんで頭を抱えて震えている。当然だ、フィオという少女は戦闘には向かないようで、ミドに盾になってもらっているのだ。おそらく、単純な身体能力ならエイミーにも及ばないだろう。

 それでもフィオは助けに来た。誰よりも弱いと分かっていながらミドとエイミーを助けに来たのだ。口では威勢の良い言葉で叫んでいたが、足元は震えていたのだから……。

 エイミーは考える。


(どうすれば……)


 現状、エイミーとフィオはミドのおかげで命拾いしている状態だ。下手に動けばゾイに狙い撃ちされるし、このままミドに守ってもらった状態では、いずれミドの体力が尽きてしまうだろう。

 そう考えていた時である。それは一瞬の出来事だった、悲劇は予告なく起きるものだ。


 ゾイはミドに向かって足を蹴り上げた。すると、足元にあった小石程度の大きさの壁の一部が超速で一直線に飛んでくる。

 ミドは投石を最小限の動きで避けて、ゾイに向き直る。しかし、微かにだが、ゾイの口角が上がるのが分かった。

 それはミドを狙ったものではなく……その後ろのフィオを狙ったものだった。ミドはそれに気づくと、一瞬で顔が青ざめていく。後ろから悲痛な叫びが聞こえてくる。


「きゃああああああ!?」


 エイミーの叫び声が響く。

 フィオは、ゾイが弾き飛ばした石にこめかみを撃ち抜かれて倒れていたのだ。


「フィオ!」


 ミドはほんのわずかの間だが、フィオに注意を逸らし、ゾイから目を離してしまう。ゾイはその隙を見逃さず、迷わず踏み込む。


 ゾイはミドから武器である木偶棒を奪うため、手首ごと斬り落とそうとする。

 ミドは一瞬の判断で木偶棒から手を離して、ゾイの包丁から身を守った。しかし、それがミドを敗北へと導く結果となる。


 ――ドゴッ


「がはっ!!」


 ミドの油断が、ゾイに蹴り飛ばされる結果を生んだ。そしてミドは近くのレンガの壁に激突し、瓦礫がれきの山に埋もれる。崩れてくるレンガの山は、あっという間にミドの姿を隠してしまった。

 フィオはこめかみを撃ち抜かれて、血を流して倒れている。ミドはゾイに蹴り飛ばされて瓦礫の中に埋もれている。


 エイミーは、一人たたずんでいる。


「あらあら……あなたまた、一人ぼっちになっちゃったわね……」


 ゾイはエイミーに近づきながら言った。


「――逃げるッス……」


 その時、先ほどまでうつ伏せに倒れていたフィオがフラフラと立ち上がって言った。そして足元に落ちている小型大砲を肩に乗せてゾイに向かって構える。


「フィオさん、大丈夫ですか?!」

「大丈夫ではないっスけど……とにかくここは、あーしに任せて早く……」


 フィオが『逃げろ』と言いかけた時、ゾイが真横から現れる。


「邪魔よ」


 ゾイがフィオの横っ腹を蹴り飛ばす。フィオはくるくる回るように転がって壁に叩きつけられる。頭や腕から流血し、見開いた目は視点が定まっていない様子だった。


「ごほっ! がはっ! …………ぉろおろ」


 フィオは苦しそうに咳き込んで、最後に黄色い吐しゃ物をぶちまけて嘔吐した。若干だが吐しゃ物に赤く血が混じっているように見える。


 ゾイが壁に寄りかかっているフィオにゆっくり近づいて行った。

 フィオはゾイが近寄ってくるのに気づいて怯える。両目を見開いてゾイを睨みつける。しかし奥歯をカタカタと震わせて涙を浮かべながら動けないでいる。お尻の辺りがじんわりと濡れて温かくなる感触があった。ジョロジョロジョロ……。


 彼女フィオは失禁していた。


「ぁ……」


 フィオは自分が失禁していることを理解すると、先ほどまで緊張していた顔が少しだけ緩んでいた。

 ゾイはそれを認識すると、あからさまに嫌そうな顔をして包丁を振り上げた。


「――待ちなさい!」


 ゾイは声のした方を見て目を細める。そこには、エイミーが立っていた。

 エイミーは何を考えているのか、フィオの持っていた小型大砲を抱えながらゾイに構えていたのだ。


「それを撃ったら……ここで、お漏らししてる彼女にも当たるわよ?」

「その人から離れなさい!」


 エイミーは、どうすればいいのか分からず、とにかくフィオとミドを自分が守らなければならないと考えたのだろう。弾の入っていない小型大砲を構えながら、足を震わせて立っている。

 ゾイがフィオを見ると完全に戦意喪失といった状態だった。


「まぁ、いいわ。弱者ゴミに興味はないもの……」


 ゾイはフィオを見逃して、本来の目的であるエイミーに向き合った。

 エイミーはゾイがこちらに注意を向けたのを察すると、徐々に後ろに下がる。ゾイが落ち着いた様子でゆっくりエイミーに歩み寄る。

 エイミーは小型大砲を捨てて、後方に逃げ出した。ゾイはエイミーの行動を見て言う。


「あら、あの娘を見捨てるの? やっぱり悪い娘ね……」


 ゾイは、未だ震えているフィオのことを言った。




 エイミーは走った。走って、走って……走り続けた。

 後ろからゾイが追いかけてくる。

 エイミーは後ろを振り返る。ゾイがいないことを確認するが、後ろを見渡してもいない。その時、後ろから声をかけられた。


「あら、鬼ごっこはもうお終い?」


 エイミーが振り返ると、ゾイがいた!?

 エイミーの目の前に顔面を近づけて立っている。ゾイあの女がエイミーに追いつくのはほんの一瞬だった。

 エイミーは驚いて尻もちをつく。しかし、どうやらエイミーに注意を向けさせる作戦は成功したようだ。

 ゾイの最初の目的は『エイミーを始末して、これまでのザペケチの小児殺人の濡れ衣を着せること』である。

 ならば無関係なフィオよりも、逃げるエイミーの始末を重要視するのは明白だとエイミーは考えて行動した。

 おそらく今まで、ザペケチの行為を吸血鬼族に擦り付けていたのだろう。吸血鬼族は忌み嫌われているため、罪を擦り付けるにはもってこいの種族ともいえる。

 濡れ衣を着せられた吸血鬼族は、諦めて処刑されてくれれば良し。抵抗する場合は今回のようにゾイという刺客を差し向けて始末する。

 今まで何人の吸血鬼族が冤罪で命を奪われてきたのだろう。

 ここでゾイを止めなければ、この先も被害者は増える一方だ。ここで私がゾイあの女を止める。そして、ザペケチの行為を公表する。エイミーは決意を固めた。


「あらあら、もう諦めちゃったの?」


 ゾイが片手の包丁を構えた時だった。

 ゾイの包丁が紅い鋼線に絡めとられて宙を舞う。包丁が地面にカランと音を立てて落ちると、金髪でくせ毛の少年が立っており静かに言った。


「随分楽しそうじゃねぇか」

「あら、あなた……」


 金髪の彼は、真っ赤な鋼線を手から伸ばしてゾイの包丁を奪い取る。エイミーがポツリと言う。


「キール……さん?」

「どうやらまだ死んでねぇみたいだな」


 キールはエイミーを一瞥して、すぐにゾイを睨むとゾイはニヤリと笑って言う。


「逢いたかったわ……金髪の坊や」

「オレは会いたくなかったけどな」

「つれないのね……私の片思いだったのかしら?」

「お前と両想いになれんのは、せいぜい悪趣味な貴族だけだろうな」


 ゾイはキールの言葉を聞いて肩をすくめて「ふっ……」と鼻で笑う。そしてキールに問いかけた。


「でも、何で邪魔をするの? あなたたちには関係ないはずよ?」

「うちの大将はその吸血鬼女が、えらくお気に入りみたいなんでな。しかし、何で両目があるんだ? 確かに潰したはずなんだけどな?」

「これは義眼よ、魔力が注がれた魔道具のなの。おかげで視力を失わずにすんだわ」


 ゾイはそう言うと、両目をギョロギョロと動かして最後にキールを見つめた。


「やれやれ……そんな義眼があるとは知らなかった。じゃあ今度は両目じゃなく、てめぇの首を落としてやるよ。そしたら、今度は『新しい義顔かおよ』なんて言ってマネキンの頭でもくっつけてもらうのか?」

「あら、それは困るわ。私この顔、結構気に入ってるのよ」


 ゾイは頬を手で触りながら言った。


「それじゃあ、そろそろ……あなたともお別れしなくちゃね……」


 ゾイは片手の包丁を構えて、キールに向き直った。

 キールはすかさず紅い鋼線をゾイに巻きつけて動きを止めるが、ゾイは再び体をこすりつけて鋼線を解こうとしている。


 キールは理解していた。このゾイをいう吸血鬼女は自分と相性が悪い。自慢の鋼線もゾイには通用しないだろう。一時的に動きを止めて足止めするくらいならキールにも可能だが、ゾイの吸血鬼の血にキールの血鬼鋼線は耐えられない。すぐにボロボロになってしまうだろう。

 キールの頭の中には、今ゾイとまともに殺りあえる人物は一人しか思いつかなかった。

 キールはゾイを縛りつけたまま、ゾイの頭上を飛び越えるようにしてエイミーの近くに移動する。そしてエイミーに問いかけた。


「エイミー、ミドはどうした? 今どこにいる?」


 キールが言うとエイミーは下を向いてしまう。キールが怪訝な顔をすると、ゾイが

言う。


「もしかして、緑髪の彼のことかしら? 残念だけど、私が殺しちゃったの」

「あぁ? なんだと?」

「だ~か~ら……殺しちゃったの」

「………………」


 キールは閉口してエイミーを見ると、彼女も小さく頷いた。そして確認するように問いかける。


「本当か?」

「……はい」

「もっと具体的に説明しろ。今ミドは、どこで、どういう状態だ?」


 エイミーはキールにミドの状況を説明した。エイミーとフィオの二人を守りながらゾイと戦っていたこと。ゾイに蹴り飛ばされて瓦礫の中に埋もれていること。フィオも同様に戦意喪失していること。

 キールはエイミーから一通り聞くと、ゾイから目を離らずに思考していた。そして一言だけいう。


「そうか……」


 エイミーはキールのつぶやくような一言に、彼女も諦めるように口をつぐむ。するとキールが、微かにニヤリと笑ったように見えた。


「なら大丈夫だ」

「え?」


 するとキールとエイミーの背後から大声が響き渡った。



「――伸びろぉおお! 木偶棒ぉぉおおおおおお!!」



 キールとエイミーの横をすり抜けて、木偶棒が一直線に伸びてくる。そしてゾイの心臓付近を貫くと、ゾイはそのまま奥の壁に激突する。

 キールは後ろを振り返って、砂煙の向こう側にいる人物を見ながら言った。


「アイツはまだ……死んじゃいねぇ!」


 エイミーが後ろを振り返ると、砂煙の中から緑色の髪をした男が現れる。


「いや~参ったね……死ぬかと思ったよ」

「女神に愛されたお前が、瓦礫に埋もれたぐらいで死ぬようなヤツかよ」


 キールはミドとの再会に喜んだ表情だった。そして言う。


「フィオは無事か?」

「応急処置はしておいた」

「よし、じゃあ後は分かるな?」

「うん、エイミーをお願い。でも助かったよ、キールがいれば――」


 その時――、ゾイがミドに物陰から斬りかかった。

 ミドはゾイの攻撃を受け流して言った。


「思う存分、闘えるね……!」


 そしてミドは、ゾイと再戦する――。

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