号外! この顔にピンときたら――

 白い髪の少女のエイミーが目を覚ました。

 まぶたがゆっくり開きて、その真っ赤な瞳を露わにする。どれくらい眠っていたのだろうか。目が覚めると新しい木の香りが鼻の中を通り過ぎていき、自然を感じさせる。目をこすると微かだが濡れており、涙を流した後が感じられた。


「そうだ……私、昨日の夜に……」


 少女……いや、エイミーは昨晩のことを思い出して再び恐怖に震えた。しかし恐怖の目の前にしたときほどではなかった。眠ったことによって多少は身体が休まったのだろう。

 エイミーは、ゆっくりと体を起こして周りを見渡す。


「そうだ……旅人さんは――」


 エイミーが周りを見渡すと、そこには自分以外誰もいないことに気づいて、今さらながら焦りを感じる。すると、そんな心配はすぐに消えた。聞き覚えのある声が外から聞こえてきたのだ。


「あ、目が覚めたっス? おっはよー、朝ご飯っスよ!」


 青いキャスケットに、タイトなオーバーオールを着た少女フィオが、隠れ家の上から見下ろしながら薄茶色の紙袋を片手に抱えて笑顔で声をかけてきた。


「おはよう、ございます……」

「昨日は良く眠れたっスか? 睡眠は人生の基本っス。睡眠不足は健康の大敵っス!」


 フィオは紙袋からパンとチーズを取り出して、エイミーに差し出す。


「それに……ちゃんと食べないとダメっスよ」

「ありがとう、ございます……」


 エイミーは両手でフィオからパンとチーズを受け取った。


「あ、ちょっと待ってほしいっス! 今チーズをトロトロに焼くっスから! やっぱり温っかい方が美味しいっスよ!」


 フィオがマッチを取り出して火をつけようとすると、エイミーが言う。


「この中で、ですか?」


 現在地は自然公園の隠れ家である巨木の中である。木の中から煙が出ていて見つかり易くなっては意味がない。それに隠れ家はすべてが木製で構成されており、万が一にも火事になってしまっては、隠れる場所を失ってしまうことになる。

 フィオはエイミーの一言に、それらを察して頭を抱えた。


「あ、しまったっスぅ! ん~……しょうがないから外で焼いてくるっス。エイミーちゃんは中で待っててほしいっス」


 そういうとフィオは外に出て行った。エイミーは周りを見渡すとこれまでの経緯を思い返していた。

 旅人の彼らと出会ってもう二日になるだろうか、最初に旅人の来訪を伝える鐘の音、風が吹く音を聞いた時、自分は何を考えていたのだろうか。あの時は掃除婦の仕事に行く前の朝だった。

 そうだ、マロはどうしているのだろう。ひどい怪我を手当てしたまま部屋で寝ているはずだ。本来昨日の夜には帰宅していたはずだったから、きっと心配しているだろうし、お腹も空いているだろう。早く帰ってご飯を用意してあげないといけない。

 エイミーは可愛がっている犬のマロのことを心配していた。そんなことを考えていると、フィオが戻ってきた。


「あち、あちち……焼けたっスよ! 冷めないうちに一緒に食べるっス!」


 フィオがパンの上に火を通したチーズをのせた状態で隠れ家の中に入ってきた。エイミーはそれを受け取ると、「いただきます……」と言って一口食べる。熱々のチーズで口の中が熱くなり、少し驚きながら食べる。空腹だったのか、食べた後は少し気持ちが落ち着くのが分かった。そしてエイミーは現状を把握するためにフィオに質問をした。


「あの……他のみなさんは?」

「キールは屋敷の様子を見に行ってるっスよ。あーしはエイミーちゃんが元気になるまでの看病することになったっス。ミドくんは……」


 フィオがミドについて言おうとして口篭もる。その様子にエイミーは不安そうな表情で回答を待つ。フィオが横に目を向けると、そこには薄茶色の布がかけられた物体があった。

 フィオが布をめくると、そこにはミドが目をつぶって寝かされていた。それを見てエイミーは息を呑んだ。そしてフィオが言う。


「ミドくんは昨日のことでかなり体力を消耗したみたいで……まだ目覚めてないっス……」

「そんな……!?」

「まあ、そんなに心配しなくても大丈夫っスよ! ミドくんはお寝坊さんなだけっスから! そのうち、ヘラヘラ笑って起きてくるッスよ!」

「………………」


 フィオはエイミーに気を使わせないためか、軽そうに話していた。しかし、エイミーは責任を感じて沈黙してしまう。元々旅人のミドたちは何も関係がないのだ。

 あの晩にエイミーが、ミドたちの元へ逃げてるように知らせに行くなどという軽率な行動をしなければ、彼らは今日無事に出国できたはずである。

 なぜ、あんな軽率な行動をしてしまったのだろう。エイミーは自分の無知で愚かな行動を恥じ、無関係な旅人を事件に巻き込んでしまったことに罪悪感を覚える。そして、その罪悪感が少しづつ、エイミーを追い詰めていった。


(このままで、いいはずがない……私が責任を取らないと)


 エイミーは心の中でつぶやく。そして、ふとキールに関してフィオに聞いた。


「あの……そう言えばさっき、キールさんは屋敷の方に行ったって言いましたよね? 大丈夫でしょうか……何か嫌な予感がするんです」

「大丈夫っスよ! きっと何も変化はなかったって戻ってくるっス!」






「チッ……厄介なことになったな」


 時刻は午前一一時五〇分、キールが屋根の上から下の大通りを覗いている。その表情は険しく、眉間にしわを寄せながら舌打ちした。街の中の大通りでデモ行進が行われていたのだ。その中の先頭になって歩いている男が荒々しい感情を吐き出しながら叫んだ。


「絶対に探せえええええええええ! 吸血鬼を捕まえろおおおおおおおおおおおお! 我らが正義の鉄槌を下すのだああああああああ!!」


 キールがいろいろと調べて回った結果、どうやらザペケチがエイミーに懸賞金を出したようなのだ。今では彼女は賞金首として狙われる身となっていた。

 元々吸血鬼はこの国では忌み嫌われていたのだが、それは嫌われている程度の話だ。いじめの対象に選ばれた存在と近いだろう。しかし今は違う、もはや犯罪者扱いである。

 しかし、面倒なのはそれだけではなかった。


「吸血鬼と共に行動する不届きな旅人も同罪だ。必ず捕まえて縛り首にするんだ!」

「なんでも緑色の髪の毛が特徴らしい。ほら、昨日か一昨日に旅芸人って名乗ってた連中だよ」

「ああ! あの旅人たちか。あんな気の良さそうな旅人さんが犯罪者だったなんて……人は見かけによらないんだな……」


 大通りの隅で噂話をしている男たちの話を聞きながら、キールが古びた二枚の紙に目線を下ろす。国中にバラ撒かれている号外である、ゴミ箱に捨てられていたのを拝借したのだ。そしてキールが小さくつぶやいた。


「ご丁寧に、古い手配書まで見つけてくれやがって……」


 その手配書という名の紙には、深緑色の髪の毛と頬に返り血を浴びた横顔の少年が映し出されていた。その写真の少年からは心の通った感情が感じられず、髪の毛の間から覗く片目は真っ赤に染まって光っており、こちらを睨んでいた。


「鮮血の瞳……か」


 キールはつぶやくと、もう一枚の手配書にも目を向ける。そこには金髪のくせ毛で、透き通るような白い肌をした猫目の少年が映し出されている。その表情は眉間にしわを寄せており、それを見たキールは写真と同じように眉間にしわを寄せて、あからさまに不機嫌になる。


「ゲッ……何年前の写真だ、これ?」


 キールは深くため息をついてから手配書を懐にしまうと、屋根から屋根に飛び移って移動を始めた。向かった先はザペケチの屋敷である。

 ザペケチの屋敷の様子を見に行って見ると、街の中とは違って静かだった。まるで誰も住んでいないかのように人の気配がまったくしない。記憶の中にある昨日の屋敷と比べてみても違いは感じられなかった。

 旅人のキールは三日目である今日、出国の準備をする予定だ。しかしザペケチや、あのゾイという暗殺者に顔を知られている以上、簡単には出国させてはもらえないだろう。エイミーを探しているヤツらからすれば、キールたちとも接触を図ろうとするはずだ。ならば、国の門に近づく瞬間が最も危険である。このまま現状の問題を解決しないままに出国するのは難しいだろう。

 ミドの回復もどれほどになるか分からない以上、戦えるのは自分だけだ。自分がしっかりしなければいけない。そうキールは気持ちを引き締めていた。

 ふと、キールは昨夜のことを考え始めた。

 あのゾイという名の女殺し屋はどうなったのだろうか。昨夜はどうにか切り抜けることができたが、あの女がそう簡単に死ぬはずがない。キールの使った猛毒で失明して目が見えなくなったとは思うが、それで諦めてくれるとは到底思えない。それほど執念深い女だとキールは考えていた。

 なぜなら、暗殺者という連中に失敗は許されない。失敗によって世間に顔が割れれば、その後一度でも捕まったら死刑宣告は免れられないだろう。キールの相棒であり、いつも飄々とした態度の緑髪りょくがの死神のように……。

 そんな事を考えながら、キールは気を引き締めて偵察を続行していた。すると、何やら聞き覚えのある声が遠くから聞こえてきた。声が聞こえてくる方向に顔を向けると、明らかに大慌てのフィオが走ってこちらに近づいてくる。


「な!? アイツ何してんだ!? 大人しくして待ってろって言ったのに……」


 フィオが近づいてい来ると、息を切らしながらキールに言った。


「キール! た、大変っス!! ミドくんとエイミーちゃんが……!!」

「おい落ちつけ、何があった?」

「ミドくんとエイミーちゃんが……消えちゃったっス!」

「は? 消えたって、まさかいなくなったのか!?」


 フィオは涙目で顔を上下に激しく振った。キールは額を片手で押さえて頭を抱える。

 先ほどの現状から、迂闊に行動するのは危険すぎる。エイミーは国中から殺意を向けられている以上、見つかったらただでは済まないだろう。

 ミドに関しても同じだ。今は療養が必要だというのに、一体どこに消えてしまったのか。


「クソ……何で勝手な行動すんだよ!」


 するとフィオが深刻そうな表情で言う。


「もしかしたら、エイミーちゃんがミドくんを連れだして……」

「いや、それは考えにくい」


 キールはフィオの考えを否定した。

 ミドがいなくなったのなら目を覚ましている可能性が高い。エイミーが一人でミドを抱えて外に出たという可能性もあるが、その理由が分からない。第一エイミーの性格上、自分一人で解決しようと単独で行動する可能性が高いと考えられる。

 そもそも、エイミーは吸血鬼族の身体能力が備わっているとはいえ、自分よりも重い男を一人背負って歩くのは大変だろうし、第一今は追われる身である。ミドを背負って逃げ回るのは、さすがに至難の業だろう。

 したがってキールは、エイミーとミドが一緒にいる可能性は低いと予想した。


「じゃあキールは、ミドくんとエイミーちゃんは別行動をしてるって思うんスか?」

「おそらくな……フィオ、ミドとエイミーから一瞬でも目を離したか?」

「ん~……朝食のチーズを焼くのに一旦外には出たっスけど、すぐに戻ったっス。その時はエイミーちゃんもいたし、ミドくんも横になって寝てたっスよ」

「二人が消えたことには、いつ気づいたんだ?」

「さっき気づいたっス」

「ずっと一緒にいたのに、何で止めなかったんだ?」

「……えっと、それは」

「まさか、昼寝でもしてたのか?」

「ちょっとだけっスよ! ずっと気を張ってたら体がもたないっス。だから朝ご飯を食べた後にほんの少し仮眠のつもりで……」

「どのくらい寝てたんだ?」

「……五時間っス」

「ずいぶん長い仮眠だな」

「………………てへ☆」

「『てへ☆』じゃねえ!」


 どうやら朝食後に仮眠を取るつもりが、気づいたら昼になっていて、昼食にしようとしたところで、ミドとエイミーが消えていることに気づいたらしい。

 それを聞いたキールが目をつぶってから言った。


「まあ、過ぎたことはしょうがない。とにかく探しに行くぞ」

「二人を探しに行くっスね! じゃあ、あーしがエイミーちゃんを探すっス! キールがミドくんを――」

「いや、探すのはエイミーだけだ。ミドは探さなくていい」


 キールの言葉にフィオは一瞬固まる。そして首を激しく横に振って言った。


「え!? ミドくん放っておくんスか!? あのまま放っておいたらヤバいっスよ!??」

「大丈夫だ、ミドとエイミーが一緒に居る可能性は低いが、かなり近い場所にいる可能性が高いからな」

「一緒にいないのに、かなり近い場所にいる??? こんな時にナゾナゾ出さないで欲しいっス!」

「エイミーを見つければ、ミドも見つかるってことだ。行くぞ!」

「あぁ、ちょっと待って欲しいっス! まだ心の準備がああああああああああああ!」


 キールがフィオの手を掴むと、もう片方の手から紅い鋼線を近くの木に飛ばして巻きつけ、一気に飛び上がる。そして近くの家の屋根の上に着地すると、一気に貧民街の方へ屋根から屋根へ飛び移って移動し始めた。

 フィオは、キールに引っ張られるままに付いて行った。

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