第9話 配信準備 異世界編1


「配信やるなら、とりあえず第一回はきちんと異世界の装備でやりたい」

「うん。それで?」

「異世界にいくには魔力が足りないんです」

「……うん」

「良いですか?」

「……魔力が目的なの?」

「エッ」

「魔力が目的なら嫌」


 そんな可愛いやりとりのあと、おれとクリスは再び異世界へと降り立っていた。

 可愛すぎてちょっとやりすぎたのか、最後怒られた。


 怒られたけど可愛かったので精神的な収支はプラスです!


 流石にボロッボロになった上に血まみれだったのでクリスの鎧や鎧下は処分済みだ。

 その代わりネット通販でクリスが選んだ「これなら異世界にいても違和感あんまりないだろうセット」を着用している。木綿のブラウスに紺色のタイをつけた姿はお嬢様然としているけれど、下がスラックスなのと剣を持っている辺り、ボーイッシュでかっこよくも見える。宝塚の人の私服とかこんな感じなんだろうか。

 おれは生成色のチュニックとチャコールグレーのロングスカートという出で立ちで、これはサキュバスのお姉さんにもらったこっちの服なので何も追加はしてない。

 あ、ぱんつは国産のだけど。

 なんかこっちのやつごわごわしてて気持ち悪いんだよ。クリス曰く、今の姿ならば大店の娘か、そうでなければ貴族に見えるだろうとのことだった。おれは丁稚でっちか従者見習いだそうだ。

 とりあえずそんなコスプレをしたおれとクリスは、異世界で買うべきものをリストアップしてあるのでちゃっちゃか動く必要がある。優先順位的にはまず装備。


「さて、とりあえず勇者に見えるような異世界の装備を買いに行こうか」

「その前に換金」


 おれは帆布はんぷ製のメッセンジャーバッグを肩に掛けており、中にはクリスが「売れる」と断言したものが入っている。もちろん目立ちたいはずもないので、あまりかさ張らず、それなりの金額になるものである。

 武具の類は高い。この世界には魔法という才能依存の技術体系が存在しているため、それを駆使したものになればなおさら高い。さらに言えば魔法を疑似的に再現した魔道具も今回は購入する予定なので結構な金額が必要なのだ。

 おれの転移魔法で異世界に降り立ったあと、今度はクリスの転移魔法でそれなりの大きさの街へと移動する。おれはこっちの世界、ほとんど知らないから仕方ないね。

 港があるその街は、名前をベルネディートというらしく、交易の拠点とのことだった。日に焼けたオレンジの屋根と白い壁の建物が印象的で、イタリアとか言われたら信じてしまいそうな街並みをしている。

 潮の香りを感じながらも、茶館を探す。

 ギルドなんてものもあるらしいけれど、行商人や若手が入るようなものではなく、中堅どころから大店以外は許可もへったくれもなく商売をしているらしい。

 茶館に入ると、まずはバーカウンターみたいなところで商売のタネを見せ、お茶を注文する。あとは丸テーブルで待っていれば、茶館の采配によって商売になりそうな相手を紹介してくれるシステムになっているのだ。奥には内緒話用の個室もあるらしいけれど、基本的にはお茶代のみでOKなオープン席を使う。


「我が家であきなっていた陶器だ。まとまった金が必要になったので売りに来た」


 おれが差し出した食器類――百均で買った白の陶器だ――を見せながら、クリスが言い切る。ちなみにこれは目立たないための撒き餌であり、本命は別にある。

 茶館のマスターは探るような視線を見せたあと、


「質が良いな。ふうむ。これなら三番テーブルの男が良いだろう」


 窓際、日当たりの良い席を指示した。どうやら、いい相手が既にいたらしく、待ち時間はなしだった。

 紹介されたのは四十がらみの男。何となくダンディに見える顎髭に、目じりの笑いじわがミスマッチな男だ。

 胡散臭そう、とも言える。

 

「はじめまして。この街で店を構えながら行商の真似事もしているクリードだ。早速だが品は?」

「これだ」


 無地の皿を10枚。手拭いみたいな布で包んでいたので、一つ一つ取り出して重ねていく。


「……白いな。それに形もいい」

「大きさもきれいに揃っているはず」

「まぁ急くな。ちょっと見せてくれ」


 男は一枚ずつきちんと確認して、それから大きく深呼吸をする。


「銀貨50枚」

「金貨10枚」

「随分訳アリみたいだね。銀貨70枚なら買う」

「いいわ」


 苦笑いをした男がジャラジャラと貨幣をテーブルに並べていく。クリスがやったのは、値段交渉を受け入れないという意思表示らしい。馬鹿みたいな金額を提示することで「次の言い値で不満なら交渉を打ち切る」という意味になるのだ。

 買い手は交渉することができなくなるが、若干安めでも売るという暗黙の了解も含んでいるようなので、お互い損はしていないのだろう。

 これはもともとやるって教えられていたから理解できたけど、値段の適正がまったくわからないのでおれは静かに立っている。

 男の置いた銀貨が70枚なのをきちっと確認して、おれのメッセンジャーバッグにざらざら入れていく。

 見事なまでの丁稚ムーブである。


「貴族に伝手つては?」

「この歳だ。ちったぁあるぞ」

ガラス瓶・・・・。買わない?」

「……随分訳アリみたいだねぇ。奥の個室を借りよう」


 そうして移動。ドアを閉じたことを確認してから、これまた百均で買ったガラス瓶を出す。ちょっとガーリーな感じの雑貨、と言えばわかるだろうか。

 チープだけれど可愛いデザインの瓶は、蓋もガラス製だ。

 ガラス、といえば地球でも技術秘匿があった素材である。イタリアだったかフランスだったか。どこかの島に技術者たちを閉じ込めて、入出管理をしてまで技術の秘匿を行うほどの権益を生み出したのは有名な話だろう。

 それはこの世界でも大差ないらしく、やはり高級な品物として取引される。産地自体はいくつかあるが、どこもギルドの専売となっているために取り扱うこと自体が商人にとってはステイタスになるようなものなんだそうだ。


「透明度が高い。厚みも均一だ。オマケに蓋までついてこの精巧さ……これをどこで」

「言えない。いくらだ?」

「金貨4枚……いや、金貨4枚と銀貨15枚出そう」

「随分真摯だな。値切らないのか?」

「お前さんたちが何か訳アリなのは分かってるからな。それに何より、これだけの品を出されて目利きができねぇなんて恥ずかしくて商人を名乗れなくなっちまう」

「金貨4枚で良い。その代わり、いくつか店を紹介して欲しい」


 そうして、おれ達は大金とお店への伝手つてを手に入れたのであった。

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