3-004. 賢者の罪状
俺達はギルドに戻り、フローラからの連絡を待っていた。
俺とクロードは同じテーブルを囲い、ネフラは隣のテーブルで読書、隅のテーブルではいつの間に戻ってきたのかゾイサイトがいびきを立てて寝ている。
そんな中――
「ど、どうぞ」
――アンが緊張した面持ちで、テーブルへとコーフィーを持ってきた。
手持無沙汰で俺とクロードはコーフィーを注文していたのだ。
「ありがとう」
一言礼を言うと、クロードは小金貨一枚をアンに手渡した。
コーフィー1杯の注文でこれは多すぎる。
案の定、アンが目を丸くしてクロードに小金貨を突き返した。
「クロードさん。これ多すぎます!」
「釣りはいりません。頑張っているご褒美ですよ」
「あたしはこれでも来月で18です! 子供じゃありませんっ」
「ああ。そうでしたね」
結局クロードは小金貨を受け取らなかった。
アンは小金貨を手に、そわそわしながら厨房へと戻っていく。
それを見送ったクロードは、慣れた手つきでコーフィーカップを口に運んだ。
カップから立ち昇る香ばしい匂いを嗅いで、ご満悦の様子。
「この香り。いいですねぇ」
「お前、コーフィー飲んだことあるのか?」
「つい先日、アヴァリスで飲んできましたよ。向こうの知人に大層コーフィーが好きな方がいましてね」
アヴァリスは、西方に広がる砂漠地帯にある国家だ。
美しいオアシスに首都を構える世界屈指の大国だったが、闇の時代に魔物から蹂躙されて以来、多くの難民が国外へと流出している。
エル・ロワのコーフィーハウスで働く連中も、西方からの難民だと聞いた。
「アヴァリスに何しに行っていたんだ?」
「魔物の残党からコーフィー豆の木を保護する活動をしていました」
「えっ!?」
「冗談です」
……こいつ、俺をからかって楽しんでいやがる。
「コーフィ―は心労を癒す効果があります。きみも疲れた時に飲むといいですよ」
「そりゃどうも」
俺は手元のコーフィーカップを取ると、ぐいっと一息にあおった。
ちなみに、俺は銀貨4枚と銅貨3枚をきっかりアンに渡している。
もうギルドにツケを利かせてもらう余裕はないからな。
「きみ。もう少し味わって飲むことを覚えたらどうです?」
「俺はこれで十分味わっているよ」
澄ました顔しやがって。
この半年、お前が何をやっていたのか俺は知っているんだぞ。
ゴブリン仮面から得たクロードの情報によれば――
ジエル教徒との
ギルド間の協定を無視した宮廷
研究を名目にした銀行からの過剰融資。
そして、
――アヴァリスでのことまではさすがにゴブリン仮面も追えなかったが、この半年でエル・ロワで確認できた問題はこれだけある。
先の三つはうまく揉み消したようだが、
大昔から、名のある
製造しようと研究施設を構えただけでも国賊として捕まるような重大犯罪だ。
そんなものを本当に研究していたとしたら、〈ジンカイト〉の権威が吹っ飛ぶほどの大事件になる。
「なんです? 人の顔をじろじろと。気色が悪い」
クロードからの
俺は別にお前に見惚れていたわけじゃない!
まぁ、それは良いとして……。
俺とネフラの書いた筋書きはこうだ。
まずはクロードが
もし事実なら、口外しないことを条件に製造中止とギルド脱退を要求する。
事実でなかったのなら……他の交渉案を考えるしかない。
ジャスファと違ってクロードは体面を重んじるし、約束事には紳士的だ。
そのためにも、こちらの真意を悟られないように情報を聞き出したい。
「この半年、ずっとアヴァリスにいたのか?」
「少し前からヴァーチュの研究室に戻っています」
ヴァーチュ――王都の東にある衛星都市だ。
そこにクロードが自分の研究施設を構えていることは前から知っていた。
〈ジンカイト〉名義で、銀行から多額の融資を受けて設立した施設だからな。
今でも毎月、過剰な援助金が研究という名目で引き出され、ギルドの負債を積み上げているのだ。
「
「……もうそれの研究はしていません」
「え? そうなのか」
意外だな。
闇の時代の頃から、クロードは
その研究課程で、市販品より質の高いポーションや、禁制品級のゾンビポーションなんて代物も生まれたわけだし、ギルドとしては惜しいな。
「それじゃ今は錬金術はお預けで、魔法や奇跡の研究に注力しているのか」
「時間は有限なのですから、期待値の高いものに時間を割くのは当然でしょう」
「諦めるなんてもったいないなぁ。お前なら、伝説の
俺がそう言うと、クロードから鋭い視線が向けられてきた。
刺すような視線とは、まさにこのことだ。
「……諦める。一言で言うのは容易いですが、それを選択するのは容易ではありませんよ」
クロードは俺から視線を切ると、苛立った様子で小皿の上にカップを戻した。
何か不愉快にさせるようなことを言ったか?
お前なら、というくだりが皮肉にでも聞こえたのかな。
「俺はてっきり今も
ゴブリン仮面の調査でわかっているのだ。
クロードは、今月も必要以上の融資を受けている。
つまり今もってクロードは、
そして、それこそが
「きみ、なんですさっきから。私に質問ばかり」
「え」
「私がいたずらに資金を浪費しているとでも疑っているのですか?」
「そんなつもりで言ったわけじゃ……。ただの世間話だよ、怒るなって」
「私にとって有意義な話ができないなら、口を閉じていなさい」
そう言ったきり、クロードは口を閉ざしてしまった。
露骨に不愉快そうな顔をして、俺と目も合わせようとしない。
駆け引き失敗だ……。
その時、親方がギルドへ帰ってきた。
「ん。おお、クロードじゃないか」
「ブラド。おひさしぶりです」
クロードは親方に顔を向ける際、口元を緩めて挨拶した。
「ジル坊。お前さん、何かまずいことしただろう」
「へ?」
「商人ギルドで聞いたんだが、〈サタディナイト〉と揉めたんだってな」
さすが商人ギルド、耳聡い……。
しかし、その情報には誤解がある。
確かに揉めたことは揉めたが、ギルドではなく個人とだ。
しかも当事者は俺ではなくクロードなのに。
「……」
その当事者は、俺の目の前で呑気にコーフィーをすすっている。
ギルドの厄介事は、なんでもかんでもすぐ役職持ちに回ってくるのだ。
「向こうのギルドマスターが大層憤慨しているらしい。報復に出るかもしれんから、気をつけろよ」
「ええ!? 報復って……なんでそんな大きな話にするかなぁ」
どうして俺の周りでは、こう次から次へと問題ばかり起こるんだ!?
万が一にでもギルド同士の抗争にまで発展しようものなら、ギルド管理局の介入だってあり得るかもしれない。
最悪、ギルド解散の命令が下りかねないぞ。
「まさか殴り込んでくるなんてことは……」
「あそこのギルドマスターが喧嘩っ早いのは知ってるだろう」
うへぇ……。
俺は万が一の事態を想像して、頭を抱えた。
勝っても負けても絶対に俺に得はない。
「この平和なご時世、ギルド同士の喧嘩もいいじゃないですか。その時は、次期ギルドマスターとしての腕を存分に振るってもらいますよ」
クロードが笑いながら言った。
他人事だと思っているなら大きな間違いだぞ。
その時は、お前を盾にしてやるからな!!
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