2-005. 駆け引き

「ジャスファ。この男を知っているのかい?」

「……ええ」


 ジャスファは動揺した様子で俺を見据えている。

 まさか俺が園遊会の場に現れるなど思ってもいなかったのだろう。

 だが、この邂逅かいこうでなぜ俺がこの場にいるのか察したかもしれない。

 彼女は昔から抜きんでた危機回避能力があった。

 こういった危機に直面するたび、ことごとく脱してきたことを俺は知っている。


「私に付きまとう変質者ストーカーよ!」

「はぁ!?」


 俺はジャスファの言葉に耳を疑った。

 この女、言うことかいてなんてこと言いやがる!


「なんだって!? きみのような可憐な女性に付きまとって怖がらせるなんて、許しがたいな!」

「ちょっと待ってくれ、誤解だ!」

「何が誤解なものかっ! 恥を知れっ!!」


 ……取り付く島もない。

 こいつ、完全にジャスファの良いように使われているな。

 どうやらこの男がジャスファを園遊会に招いた元凶のようだ。


「あんた、この女に騙されてるよ!」

「黙れ。僕は彼女ほど清純な女性を知らない!」


 いやいやいや。清純だって?

 そんなものジャスファの対局に位置する言葉だ。


「ウェイスト……だっけか? とりあえず俺の話を聞いてくれ!」

「断るっ! 僕の愛する女性を侮辱した男の声など聞くだけで不愉快だ!!」


 ウェイストは腰に携えていたレイピアの柄へと手をかける。

 マジかこいつ。こんなところで剣を抜く気か!?


「ウェイスト様! それはいけません」

「し、しかしジャスファ」


 ジャスファがずいっと俺の前へと歩み出る。

 その口元には不敵な笑みが。

 この女、何か妙な悪だくみを思いついたな……!


「あなたのしつこさには辟易へきえきします。こんな場所にまで私を追いかけてくるなんて非常識も甚だしい」

「ふざけるな。お前こそいつまでもそんな演技が通用すると思うなよ」

「まぁ。なんて言い草かしら」


 ……なんだそのお嬢様ぶった喋り方!

 ジャスファのセリフの気持ち悪さったらない。

 貴族令嬢になりきってまで社交場に入り込むとは、筋金入りの悪党だぞ。


「即刻衛兵に突き出したいところですが、せっかくの園遊会を台無しにはしたくありません。なので、ひとつ勝負をしましょう」

「勝負?」

「これから始まる幻獣生け捕りゲームで、あなたより先にウェイスト様がユニコ―ンを捕まえたら素直にここから出ていく。如何いかが?」


 ……何が勝負だ。

 お前は俺の目が離れた隙にこの場から逃げおおせるつもりだろう!

 そのためにこの男ウェイストまでダシに使う気だ。


「僕が勝つと信じてくれているんだね、ジャスファ。いいだろう、必ず勝ってあのダイヤをきみに捧げるよ!」

「え、ええ。頑張ってウェイスト様」


 その気になったウェイストに手を掴まれて、さすがのジャスファも引き気味だ。

 この様子だと、俺がどれだけ拒否しようとも聞かなさそうだな。

 ぶん殴るわけにもいかないし、どうする……!?


「ジルコくん、どうかしたの?」


 ネフラが来てくれた。

 顔色から察するに、俺が揉めているのを見て心配で駆けつけたというところか。

 見れば、周りの貴族連中も俺達を静観している。


 ネフラに誤解を解いてもらうか?

 この馬鹿ウェイストでもネフラの言葉なら聞く耳を持つだろう。


 と言うか、そもそもジャスファに見つかった時点で計画は失敗だ。

 もう園遊会でおかしな動きをすることはないだろう。

 くそっ。どうする!?


「嫌だ……私のネックレスがないわ!」

「あなたも!? 私もポーチがなくなってるの」


 ……!

 偶然近くのテーブル席から聞こえてきた女性達の嘆き。

 俺にはそれが救いの声に聞こえた。


「悪いことはできないな、ジャスファ」

「うっ」


 ジャスファにも彼女達の声が聞こえていたようだ。

 一瞬、彼女の顔色が変わったことを俺は見逃さなかった。

 こいつ、すでにってやがったな。


 ジャスファは一見すると手ぶらのように見える。

 盗んだ品は会場のどこかに置いてあるか。

 あるいは何らかの仕掛けでフレアスカートの中にでも隠しているか。

 どちらの場合でも今調べるのは不可能だ。

 勝負を受けたら、その間に逃げられるか品物を処分されるかするだろう。

 こいつをこの場に留めつつ、余計なことをさせない方法は……。


「わかった。勝負に乗ろう! その代わり――」


 俺はネフラを手招きして、こちらに引き寄せる。


「――この子もせっかく会えた姉のジャスファ・・・・・・・と一緒に居たいだろうから、二人して俺達の勝負を見届けてもらおうじゃないか」

「えぇっ!?」


 突然のことにネフラが目を丸くする。

 そりゃそうだろう。

 俺はこっそりジャスファを指さし、ネフラに目配せする。

 頼む、察してくれネフラ!


「……」


 ネフラは、俺とジャスファを交互に見つめる。

 ……気づいてくれたか?


「ぜひそうして。姉さんとは三年ぶりに会うから、少しでも一緒にいたいの」


 よし! さすがネフラだ!!

 ジャスファの顔を覗くと、下唇を噛んで明らかに焦った様子が見て取れる。

 絶対に逃がさないからな!


「姉さん」


 ネフラがジャスファに駆け寄り、その腕にぎゅっとしがみつく。

 ジャスファの眉間にしわが寄り始めたぞ。

 だけど今のお前には何もできまい!

 こんな衆目の前でネフラを力づくで引き剥がそうものなら、二度と貴族のパーティーには顔を出せないだろうからな!


「ジャスファ。まさか……きみにエルフの妹がいたなんて――」


 む。ウェイストが口を挟んできたか……。

 さすがにハーフエルフがヒトの妹というのには無理があったか?


「――しかもこんな美しい少女だなんて、素敵じゃないか!」


 ウェイスト……お前は愛すべき馬鹿だぜ。


 再びカンカン、と鐘を鳴らす音が聞こえ始める。

 そろそろ幻獣生け捕りが始まるようだ。


「僕がきみに勝ったら、その子も解放するんだ。いいな!?」

「……いいだろう」


 とりあえず了承したが、こいつ。

 このわけのわからない流れをどう解釈しているんだ……?


「この僕がきみ達姉妹をこの悪漢から解放する。必ず勝つから信じて待っていてくれ!」


 ウェイストがネフラとジャスファに親指を立てる。

 二人ともそれに対する反応は渋い。


 カンカン、と三度目の鐘の音。

 振り返れば、鐘を鳴らす男の周辺には貴族達が二十人ほど集まっている。


「幻獣生け捕りの参加者はもういないかね!?」


 ウェイストは俺を一瞥した後、鐘男のもとへと足を向けた。


「ついてきたまえ」

「言われなくても!」


 俺はネフラにミスリル銃の入った手提げ袋を渡してから、ウェイストの後をついていった。

 

 ジャスファの窃盗の証拠を押さえるだけなら勝つ必要はないが、せっかくダイヤが手に入るって言うなら勝ちに行ってやろうじゃないか。

 ついでにこの男の鼻っ柱もへし折ってやる!

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