愚者は審判の時を待つ

 とにかく、愚者と審判の詳しい情報を入手しなくては。

「あの、美晴さん、白夜さんとイオさんのこと、詳しく教えてくれませんか?」

 僕は、美晴さんを驚かさないように、声のトーンを落とし、ゆっくりとした口調で尋ねてみる。

「あ、はい! 私も彼らのこと、あまり詳しくはないのだけど、どうやら、イオさんは第二世代インフィニティと呼ばれる、とても異質な異能超人らしいの。なんでも、インフィニティとエタニティ、両方の能力を併せ持っているのだとか! すごいですよね……」

 マジか……そんな能力、末恐ろしい。雪音さんの言っていた能力の分離、それが、いとも簡単にできてしまう、ということなのだろうか?

「それって、いったい、どんな能力なんですか?」

 僕は、そんなとんでもない能力がどういった類のものなのか、どうしても気になってしまう。

「――あのね、仮想空間で複製した古代遺物を、この現実世界に呼び出すことができるんですって。なんでも、それは超遺物レリックと呼ばれているとんでもない代物、なのだとか……?」

 美晴さんはこっそりと、僕たちに小声でそう教えてくれた。

「それをユキネが聞いたら、イオさんの能力にジェラシーを抱いてしまいそうですね」

 ミィコの言うとおり、雪音さんにしてみたら、イオさんの能力に羨望の感情を抱かずにはいられないだろう。

「でも、イオさん……彼女が唯一、呼び出したことのある超遺物レリックは、白夜さんの使っている魔導師の杖ウィザードロッドだけ、なんですって。その杖は、地球上のありとあらゆる元素を操ることができて、その様はまさに、錬金術師アルケミスト……。そんな杖だけでも、とんでもない代物なのだけど――彼女が、それだけしか呼び出せないのか、それとも他にもたくさん隠し持っているのかは、誰も知らない……そう、謎に包まれているのですよ!」

 美晴さんはそう言って身震いした。異能超人の存在によって、世界の常識は簡単に覆されるようになってしまった。そもそも、世界の常識というもの自体、我々人類の狭い視野の中で、こうあるべきと認識されている常識にすぎないのかもしれない。

 それよりも、愚者の使う武器、それがイオから譲り受けた魔導師の杖ウィザードロッドなのであれば、愚者の持つ本来の能力はいったいなんなのだろう? 愚者と審判、彼らを敵に回せば、僕たちに勝ち目はないのだと思われる。味方ではないにしろ、敵でもないのだから、今はまだ、それだけが救いだろう。

「ちなみに、白夜さんはどんな能力者なんですか?」

 それでも僕は、愚者の能力について、少しでも知っておきたいと思っていた。

「うーん、よく分からないの。アユミさんと似たような能力が使えるみたいだけど、それは超遺物レリックの力みたいだし……詳しくなくて、ごめんなさいね。本人に、直接聞いてみる?」

 美晴さんが、とんでもないことを言い出す。

「いえ。さすがにそれは……本人に直接聞くとか恐れ多い」

「そう? 私も、知りたかったのだけど、残念!」

 僕がやんわりとお断りすると、美晴さんは冗談ぽく残念がった。美晴さんも本気で言っていたわけでもないのだろう。

 それに――なんとなく、僕らの話は、愚者と審判の二人に筒抜けのような気もする。小声で話しているとはいえ、この狭い店内、聞き耳を立てれば聞き取ることくらいはできるはず。

「とにかく、十分すぎるほどの情報でした。でも、どうして美晴さんはそんなに詳しいんですか?」

「ミコも、それ気になりました!」

 僕とミィコは、美晴さんがなぜ、そんなにも情報通なのかが気になっていた。

「え、だって、私、元日からずっとこのお店に入り浸っているもの。気になるじゃない……“アルカナ“の人たちの話も、政府の人たちの話も」

 そう言って、美晴さんは『あはは』と笑って見せた。


 だが、そんな和気あいあいとした雰囲気の中、僕は一つの懸念を抱いていた。

 ――Dupeデュープ……いわゆる、オンラインゲームにおける、アイテム無限増殖バグのことだ。審判、彼女は、幾何学的楽園ジオメトリック・エデンのような場所から、超遺物レリックなるオーバーテクノロジーを、この世界に呼び出している。そんな彼女が、そうした武器を大量に複製していたとしたら……? ――僕は身震いした。

 もう一つ、雪音さんは幾何学的楽園ジオメトリック・エデンのようなゴースト世界について、ループ時に再構築されず、キャッシュに残り続ける可能性を示唆していた。もしも、ゴースト世界に現実世界の物質を持ち込む術を持った能力者が現れたなら? いや、存在していたなら? その人物が、現実世界のものをゴースト世界に持ち込み、世界がループするたびに複製していたとしたら、それは本当の意味でDupeデュープを繰り返しているということになる。極端な話、ループ前にその空間に誰かを閉じ込めてしまえば、人間を複製することだって可能なのでは? ――それはまさに、”ドッペルゲンガー”。

 そうなった場合、魂の所在は? 空気や水、人間の生命維持活動は? ううむ、考えれば考えるほど謎に満ちている。案外、僕が二人いたりして――あれ? どうしてだろう、この考え、ずっと前から、僕は――もう一人の、僕――


 ――カラン、カランという音とともに、入り口のドアが開く。

「申し訳ない、遅くなりました……」

 とても申し訳なさそうにしている三ケ田さんと――

「ハロー、みんな、お疲れ様~! あ、藍里ちゃん、愛唯ちゃん、災難だったね。ミィコ、大丈夫だった!? もうこっちも大変でね~」

 なんだか、色々と話したそうにしている陽気な雪音さん。遅れてやってきた二人が、ここ、喫茶アンリ&マユに到着した。

「あら、二人とも寒かったでしょ? 今、温かいコーヒー淹れてあげるからね」

 アンリさんは到着した二人のために、コーヒーを淹れ始める。

 入り口の二人がそれぞれ移動し始めた。三ケ田さんは、藍里と愛唯のいるカウンター席の近くに移動した。雪音さんは僕たちのいるテーブル席に――そのまま、僕の隣に座った。僕とミィコ、雪音さんと美晴さん、向かい合わせとなる。

 三ケ田さんは、藍里と愛唯の横に立って、テーブル席への移動を二人に促しているようだ。

「藍ちゃん、愛唯さん、向こうの席で、教団のメンバーに襲われた話を詳しく聞かせてもらってもいいかな?」

「あ、はい!」

 三ケ田さんは二人と一緒に、先ほどまで美晴さんが座っていた窓際のテーブル席に移動していった。


 愛唯は相変わらず、窓際のテーブル席の方から僕の方へチラチラと視線を向けつつ、こちらの様子を窺っている。愛唯は、どことなく不安そうな表情をしているようにも見受けられる。僕も愛唯のことは気になるものの、今は雪音さんの話に耳を傾けるとしよう。

「――でね、私の幾何学的楽園ジオメトリック・エデンに連れ込んで事情聴取していたそのウルフマンがね、もう笑えちゃって、笑えちゃって! あ、その被疑者、ウルフマンっていうんだけどね、彼がもう、芸人ですか、ワザとですかってくらい、そこら中のトラップに引っかかりまくってね! 『このウルフメン、まじウケる!』なんて笑ってたら、彼、涙目になっちゃって――」

 なんだか、雪音さんが異能超人対策課に協力して、警察署で今日の事情聴取に参加した話をしているようなのだが……いささか、それを笑い話として話しているせいなのか、ウルフマンとやらの醜態ばかりにスポットを当てている。この流れだと、そのウルフマンという教団メンバーから雪音さんが引き出した、教団に関する詳しい情報を聞けそうにもない。そんな雪音さんに対するミィコの開いた口が塞がらないといったような表情、それは、今までにないほどのドン引きだ。

 よし、僕も雪音さんにドン引きして、雪音さんとの会話は後回しにしよう! 三ケ田さんたちの会話に耳を傾けることにした。

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