愛唯の異変

 僕たちは、園内をぐるりと回り込むようにして、ようやく観覧車の広場までやってきた。

 先ほどまでの人だかりはもうなく、その場に居るのは、藍里と愛唯、ロープで拘束されてぐったりとしている八神、警備員、それと数名の野次馬だけのようだ。

 それと、藍里が華麗に振り回していた錫杖はどこにも見当たらない――借り物だったのだろうか?

 三ケ田さんは到着するやいなや、二名の隊員にぐったりとしている八神を確保するよう指示を出している。


 愛唯がたまたま後ろを振り向いて――僕と目が合った瞬間、勢いよく僕に飛び突いてきた。

「さとりん! 無事だったんだ! 本当に良かった! 良かった……」

「ちょ、ちょっと、愛唯! こんなところで――」

 言葉と心がちぐはぐの僕――ああ、なんて至福の時……僕はそっと愛唯を抱きしめた。

 僕は、ふと気が付く――なんだか、愛唯の様子がおかしいぞ。

「愛唯?」

 僕は異変を感じ、愛唯にそれとなく声をかけた。

「さとりん……さとりん……」

 僕の名を呼びながら、尋常じゃないくらい強い力で僕を抱きしめ始めた。

「さとりくん! 卯月さん! こんなところでイチャイチャするの、本当にやめてください! ミコちゃん的に言うなら、『私、ブチ切れますよ』!」

 僕と愛唯を、藍里が無理やり引き離す。なんだか僕は、助かったという気持ちと、その反面では、ちょっと残念な気持ちにもなっていた。それにしても、こんなところで藍里の口から『私、ブチ切れますよ』が出るとは……。

「アイリ、ナイスです!」

 ミィコ的にも、今のセリフは、“あり“らしい。

「さとりん……」

 いや、ちょっと待ってほしい、さっきから愛唯の目つきがどうにもおかしい。もしかして、僕の能力が伝染した影響で、ほろ酔い気分みたいになっているのだろうか? 誰かに変な薬でも盛られたとか?

 僕も、愛唯に影響されたのか、なんだか気分が悪い……。なんだか、フワフワしてくるぞ。


 ――その瞬間、僕は、白昼夢のような状態に陥った。そして、僕の最期の時の光景、あの時の藍里のセリフを完全に思い出したのだ。

『さとりくん、これだけは憶えておいてください。さとりくんの行動が卯月さんの能力に大きな影響を及ぼします。彼女を刺激するようなことを、絶対にしてはダメです……彼女の感情の起伏により、最悪、さとりくんの能力と融合します。絶対に、彼女の能力を覚醒させないで……さとりくん。』

 そう、藍里は泣きながら、僕にそう伝えていたのだ、何度も、何度も――


 ――白昼夢から覚めた僕。狐につままれたような気分だ。

 きっと、不思議な表情をしているのであろう僕。偶然にも、その僕と藍里の目が合った。

 そこで、僕は、藍里の言葉を完全に思い出した僕のこの気持ちを、目の前の藍里に伝えようと、『思い出したよ!』というような表情を藍里にしてみたのだが、その藍里は相も変わらず僕のことを鋭く睨みつけている。

 藍里、ごめん、僕がもっと早く思い出せていれば――

 だが、藍里の表情、それだけの理由ではない気がする……なんだろう? まだ、僕は、何かを思い出せていない? いや、忘れている? いっそ、藍里に直接聞いてみる? しかし、今の藍里には近寄りがたいし、わざわざ愛唯の近くに寄っていくのもなんだか気まずい。


 僕と愛唯は、藍里によって引き離され、僕の隣にはミィコがいる。

 ミィコは肉球ぷにぷにロッドを片手で大事そうに抱えながら、もう片方の手でなぜか僕のジャケットの袖を掴んでいる。

 愛唯と藍里は、僕らからちょっと離れたところでこちらを見ている。藍里は間違いなく、“お前のことを監視しているぞ”、という視線で僕に訴えかけている。藍里さん、あの、慈愛に満ち、後光が差す天使のような藍里さんに戻っていただきたい。切実に!


 その時、三ケ田さんの携帯電話に着信が入る――

「もしもし、こちら三ケ田――ああ、雪音か。どうした?」

 三ケ田さんは、かかってきた電話にすぐ応答した。どうやら、雪音さんから着信が入ったようだ。

 僕らが襲われたことや、カルト教団のこと、情報を聞き出したといったような話をしている。

 そういえば、昨日、三ケ田さんが雪音さんに、カルト教団の一人を拷問――じゃなくて、聴取するのを手伝ってほしいとかなんとか話していたな。

「――おつかれさま。ご協力に感謝いたします。これから、みんなと相談して喫茶アンリ&マユに向かおうと思う。雪音も切り上げてそちらへ向かってほしい。よろしく頼む――」

 三ケ田さんはそう言うと、電話を切り、こちらへ向かってきた。


 僕とミィコの前に立った三ケ田さん。

「さとりくん、神子ちゃん、行楽中に申し訳ないのだが、今から私と喫茶アンリ&マユまで一緒に来てくれないか? 君たちに話したいことがある。雪音もすぐ向かうはずだ。そこで、君たちが教団のメンバーに襲われた経緯なども詳しく聞きたい」

 話したいこと? なんだろう?

「ええ、僕は構いませんが……でも、教団のメンバーがなぜ襲ってきたのか、僕にはさっぱりわからなく……確か、『ネメシス』がどうとか言っていたような?」

 僕は、三ケ田さんに事件の詳細を知らないことを伝える。正直、僕もいったい何があったのか詳しく知りたい。

「なるほど、詳細は藍ちゃんたちに聞いてみるとするか。神子ちゃんもこの後、大丈夫かな?」

「はい、ミコも、それで構いません。今日は、本当に、本当に楽しかったので……大満足です」

 ミィコは、三ケ田さんにそう答えてはいるものの、なんだかその表情はちょっとだけ寂しそうに見える。

 僕は全然構わないのだが、ミィコはもっと遊びたかったのだと思う。

「ミィコ、今度はお化け屋敷に行こう。また、みんなで遊びに来よう」

「サトリ……はい、その時を楽しみにしています」

 ミィコは未だに素直なままだ。ずっとこのミィコが続けばいいのに、なんて僕は思う。

「そうか、なんだか申し訳ないな。私も、非番の時に何か埋め合わせをしよう」

「わあ、ありがとうございます!」

 ミィコは大喜びだ。

「ありがとうございます」

 僕もミィコに続いた。

 三ケ田さんは、そのまま藍里と愛唯のもとへと向かった。

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