運命の歯車

 Deus ex machinaデウス エクス マキナだって? それは、架空の物語に登場する機械仕掛けの神――架空の物語において、破綻寸前のストーリーによって混沌がもたらされた世界に突如として現れ、無条件で人々に調和をもたらし、どれほどまでにグダグダな展開であっても、その物語の結末を大団円へと導くという。


Deus ex machinaデウス エクス マキナ……」

 僕は一言だけそう呟いた後、息を呑んで三ケ田さんの言葉に耳を傾ける。

「――世界のことわりDeus ex machinaデウス エクス マキナについてお話ししよう。これは、みんなが思っているような、架空の物語に登場する神、などではない。世界のことわりは、強大な力を持ち、変化してしまったこの世界を、正常な状態に戻すことができる、と、信じられている」

 三ケ田さんの話し方からすると、僕の考えているDeus ex machinaデウス エクス マキナと、三ケ田さんの言っているDeus ex machinaデウス エクス マキナはまた別物ということか。

 いや、でも、世界を変えてしまえるだけの力のある強大な存在ということであれば、やっぱり、僕の知るDeus ex machinaデウス エクス マキナなのではないだろうか? Deus ex machinaデウス エクス マキナと呼ばれている存在が、Deus ex machinaデウス エクス マキナのような存在だったから、そう呼ばれることになったということであれば、実在するDeus ex machinaデウス エクス マキナという存在なのだろうか?

 いや、もう、僕はなにを考えているんだ――世界のことわりと呼ばれている存在、その別名がDeus ex machinaデウス エクス マキナ、今はそれだけでいいだろう。


「その情報の出所が怪しいカルト教団というところ以外は、それなりに信ぴょう性のありそうな話なのよね」

「ま、まあ、そのカルト教団の教祖というのが、世界のことわりの存在する次元へと繋がる扉を開くことのできる能力者、らしいのだ。そのカルト教団の本拠地が、電気街にあるということも我々は突き止めたのだ。これが世界規模の事象であれば、ここまで迅速に状況を把握できなかったかもしれない」

 確かに、三ケ田さんの言うとおり、僕らの周辺地域にしか影響がなかったのは、不幸中の幸いなのかもしれない。

「つまり、そのカルト教団は、世界のことわりDeus ex machinaデウス エクス マキナを呼び出して、世界を正常な状態に戻そうとしているってことですか?」

 僕はそれとなく、そのカルト教団が味方であってほしいと願っていた。

「ということは、リッカさん、カルト教団は味方、ということでしょうか?」

 僕は『カルト教団のやり方は正しいのでは?』 という可能性も考えていた。ミィコもきっと同じように思ったのだろう。

「いいえ、残念ながら。彼らの目的は、世界の正常化などではなく、世界の崩壊。世界のことわりの力を借り、能力者だけの楽園を創りだすのが目的のようだ」

 残念ながら、僕やミィコの考えは甘く、カルト教団は人類にとってのという位置づけになるのかもしれない。


「なるほど、ね。目下の標的はカルト教団ってことなのね。それなら、私たちも政府に助力を申し出た方がいいのかしら?」

 雪音さんがとんでもないことを言い出した。

「雪音、それはとてもありがたい申し出ではあるのだが、そんな危険なことに君たちを巻き込むわけにもいくまい」

 三ケ田さんも本音を言えば能力者の助力はほしいはずだ。

「いいえ、リッカさん、これは、ミコたちの戦いでもあるのです!」

 これは、ミィコが大きく出た!

「うんうん、世界の存亡をかけた戦いに、参加しないわけにはいかないよね! それに、ミィコの能力でカルト教団の本拠地に隕石一つ落とせば解決だもの」

「ユ、ユキネ!! バカなことを言わないでください! どれだけの犠牲者が出ると思っているのですか!」

 ミィコは全力で拒否した! 雪音さんは時々冗談交じりでも恐ろしいことを言う。カルト教団の拠点どころか、電気街とその周辺がクレーター化してしまう。

「雪音、本当に、何を馬鹿なことを言っているのだ! そんなことをすれば大問題になるぞ! ただでさえ能力者について各国から目を付けられているというのに――」

「冗談よ! 冗談! ミィコにそんなことさせるわけがないでしょう。それに、こういうのは穏便に片付けないとね」

 三ケ田さんを本気で怒らせてしまいそうになった雪音さんは、慌てて三ケ田さんの誤解を解こうとしていた。

 雪音さんが本気で言ったのではないと最初から分かっていたのだが、確かに、ミィコの能力を使って、強大な武力ですべてを解決させてしまうことが可能だ。

 ただし、これが世界各国に広まれば、能力者は世界の脅威だという認識をされるだろう。

 そう考えると、カルト教団の説得、もしくは教団内部に潜入して武力で制圧、いずれにしろ、事は穏便に解決するべきなのだろう。


 三ケ田さんは雪音さんに呆れたといった表情をしつつも――

「しかし、君たちが協力してくれるというのであれば、とても心強い。アンリさんのところにいる能力者たちは、どうにも信用ならない連中も多いのでな……」

 三ケ田さんが妙なことを言い出した。

「あの、私もミィコもアンリさんのところの能力者なのですけども?」

「あ、ああ、そうだったな。そういう意味ではないのだ」

「リッカさん、それはどういう意味なのですか?」

 これには雪音さんもミィコも不思議に思ったのか、三ケ田さんに聞き返していた。

「君たちには、布津さんとの面識はなかったな。私の上司、なのだが……彼女の人を見る目、というか、鑑識眼とでもいのだろうか、どうやら、アンリさんのところに“ネズミ”が紛れ込んでいると考えている」

 “ネズミ”……カルト教団のスパイということだろうか?

「“ネズミ“とはいったい?」

 僕は思い切って三ケ田さんに聞いてみた。

「アンリさんのところに所属している能力者は、みんなアルカナを割り振られているのはご存じだろう? 実はな……あのアルカナ、アンリさんの能力なのか、そうでないのかは定かではないのだが、裏の意味でアルカナが付けられている人物も複数人存在しているそうだ」

 三ケ田さんが言うのは、アルカナの逆位置のことだろうか?


「アルカナの裏の意味……逆位置、ということでしょうか?」

 藍里が三ケ田さんの話を補足しつつ、それについて三ケ田さんに質問した。

「そういうことだ。本来、アルカナには正位置と逆位置が存在し、逆位置は負の意味合いが強くなっている。そして、布津さん曰く、逆位置で割り振られている能力者が数名存在している、としている」

「ミコはアンリさんに星のアルカナだと言われました」

 ミィコのアルカナは本当にそのままの意味なのだろう。

「神子さんの能力が隕石ということであれば、そのアルカナに特別おかしな意味合いは含まれていないだろう」

「それなら、良かったです!」

 ミィコは大喜びしている。

「雪音、貴女のアルカナは――」

「女教皇、よ」

「ふむ、雪音も十分、逆位置が割り当てられている可能性があるな」

「ど、どういう意味よ!」

「ユキネは、だらしなくて無神経だってことですね」

「失礼ね、そんなことないわよ!」

 雪音さんはご立腹の様子だ。だが、雪音さんも楽しそうにしているところを見ると、このやりとりはまんざらでもないようだ。


「冗談はさておき、二人は特におかしな意味合いでアルカナを割り当てられているといった感じではないな。布津さんが言うには、愚者と、審判、この二つのアルカナを持つ人物は要注意なのだとか」

 三ケ田さんの話に出てきた愚者と審判、雪音さんとミィコはその二人を知っているのだろうか?

「それで、その二人がカルト教団と繋がりがあると考えているわけね」

 雪音さんが三ケ田さんに聞き返す。

「いや、布津さんがそう考えているだけで、実際のところは分からない」

 三ケ田さんも詳しいことは知らないようだ。

「ミコ、その二人は見たことがないです。ユキネはありますか?」

「私もないかな。なんせ、アンリさんが1日に何人も連れてくるせいで、誰が誰だかわからない状態だし」

「確かに」

 雪音さんとミィコは、二人して自分たちの発言に『うんうん』と頷いていた。

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