僕のメランコリー再び

 ――真っ暗闇。


「――とり――さとり――さとりちゃん!」

「あ、藍里?」

「違うよ! 雪音お姉さんだよ」

「え、あ、あれ?」


 ――現実世界、漫画喫茶店内。

 目覚めると、僕は漫画喫茶店内に戻されており、テーブルを挟んだ僕の向かいには、こちらをじっと見つめている雪音さんが座っている――雪音さんは何かを考えている様子。

 それにしても、また現実世界に戻されてしまった――藍里の薬には“ログアウト”という隠し効果でもあるのだろうか?

「さとりちゃんはあの世界から拒絶されてるのカモ!?」

 僕を見つめていた雪音さん、何かを閃いたようにそう言った。

「断じて違います! 藍里の錬金した薬で体力が削られて毎回意識を失うんです」

「そっか、そっか、なるほどね。あの世界、強い疲労感とか精神的苦痛によって、こっちの世界に引き戻されるようになっているみたいだから」

「さ、早く戻ってあげて。二人が心配しているだろうから」

「あ、はい」


 僕の意識が一瞬飛び、目の前は真っ暗になった――


 ――幾何学的楽園<ジオメトリック・エデン>内。

 真っ暗闇――相変わらず瞼が重い。しばらくすれば体も馴染むことだろう。


『あらあら、3人とも仲良しですね~!』

 雪音さんは、唐突に僕をからかうような言い方をした。

『え? どういうことです?』

『さとりちゃんの“抜け殻”が転送されちゃう前に、こっちの世界、戻ってこられたみたいだね。また、朝ぐらいに顔を出すね。さとりちゃんは今の幸せを噛み締めなさいね。じゃあね~』

『え、どういうことですか!? それ』

 しかし、雪音さんはコネクションロスト状態になっていた。


 ――僕はゆっくりと目を開く――すると、両隣に誰かいるのを感じる。

 藍里とミィコが僕にピッタリと寄り添って寝ている。

 二人で僕を宿屋の部屋まで運び、ベッドの上に寝かせてくれていたみたいだ――ベッドの脇には、僕が必死で手に入れてきた魔剣が立てかけられている。

 そうか、あの長ったらしいネーミングの作戦は成功したんだ、よかった。


 安心の中で、僕は二人のぬくもりを感じる――

 この世界でも人肌の感覚は現実世界のそれと違わぬ温もり、そして柔らかさ。そのふくよかな感覚に包まれ、至福のひと時であろうその状況に僕の思考は停止し、理解が追いつかなかった。


 なぜだろう、この状況、とても嬉しいはずなのに、なぜか、藍里とミィコではなく愛唯だったなら、と無意識に考えてしまう。

 そんな僕は、本当に、最低なクズ野郎、だな――本当に。 


 ――ジオメトリック・エデン、4日目。


「サトリ、起きてください。朝ですよ!」

 僕はミィコに叩き起こされた。色々と考えているうちにそのまま眠ってしまったようだ。

 雪音さんの、『幸せを噛み締めなさい』という言葉を思い出し、いつの間にか眠りに落ちていたことをなんとなく後悔した――反面、その幸せの傍らで、愛唯のことを考えてしまったことをダブルで後悔した。


「おはよう、ミィコ。また、迷惑かけちゃったね……ありがとう」

「そうですよ! 大迷惑です! 気合と根性で乗り切るくらいのことしてください!」

「無理です」

 僕は朝からミィコの無茶ぶりに対応しつつ、意識を失ってから僕の“抜け殻”がどうなっていたのかミィコに尋ねた。


 ――どうやら僕は、城壁を下りている最中に意識を失い、その場に落下したらしい――背負っていた魔剣が体に刺さらなくて本当によかった。

 そして、待機していたミィコと藍里は僕をズルズルと引きずって、宿の部屋まで一生懸命に運んでくれたそうだ。

「ちなみに、夜中に目が覚めて、二人が僕の隣に――」

 頬を赤らめたミィコが、獣のように『ガウゥゥゥ!』と唸り声をあげ、僕目掛けて飛びかかってきた!

「サトリ! 二人とも、サトリを運ぶのに疲れ果ててその場で力尽きただけですから!」

 ミィコは僕にのしかかって必死でそう叫んでいる――


「二人とも動物みたいにじゃれ合って……朝から元気ですね!」

 朝食を調達してきた藍里にじゃれ合っている(?)姿を目撃されていた。

「アイリ、違うんです! バカサトリが余計なことを言うからです!」

 ミィコは何事もなかったかのように、ゆっくりと僕の上から離れ、ポンポンと服を払う仕草をした。

「それにしても、さとりくん、昨夜の作戦は大成功でしたね! もう間に合わないかもって、私、ハラハラドキドキしちゃいました!」

 藍里はミィコの言い訳を軽くスルーしつつ、昨夜のことを話していた。

「僕を部屋まで運んでくれてありがとう、藍里」

「いつも、いつも、変なお薬飲ませちゃってごめんなさい」

「藍里がいつも傍にいてくれたから、今の僕がいるんだよ。改めて、ありがとう」

 僕は藍里になんとなく感謝を伝えた。彼女はこの世界でも、あの『いつもの微笑み』を返してくれた。


「サトリ、アイリ! ミコをほったらかしにしないでください」

「あ、ごめんね! ミコちゃん!」

 藍里はそう言いながらミィコの頭を撫でた。

「ミィコも、改めて、ありがとう!」

「ミィコ『も』ってなんですか、『も』って!」


『みんな元気~? 今は、おはよう、かな? 朝からさとりちゃんとミィコは仲良しさんだね~!』

 雪音さんだ。

『ユキネ! 元気です!』

『はい、おはようございます!』

 ミィコと藍里は雪音さんに返事をした。

『あの、雪音さん、いつから覗き見していたんですか?』

『え、あ、うん~? ちょっと、前くらい、かな~? だってね、正直言うとね、さとりちゃんとミィコのやり取りが面白かったから、つい! ごめんね! テヘッ!』

 雪音さんはそうおどけて見せたが、雪音さんの姿はこちらからは見えない。

『というか、覗き魔みたいなことしないでくださいよ! すぐに声かけてください!』

『ごめんね! もうしないから! 許して!』

 この世界、恐ろしい世界だ――さながら、僕らは実験動物のモルモットだ!


『ユキネ! 昨夜、サトリがお城に忍び込んで【魔剣グラジール】を入手しました!』

 ミィコのちゃんとした冒険結果の報告によって、僕と雪音さんのどうでもいい会話は中断された。

『ミィコ、あんまりさとりくんをこき使っちゃダメだよ~? 大事にしてあげて!』

 なんと、雪音さんは僕のことを気遣ってくれている! さすが雪音さん! モルモットに対しても慈悲深い。いや、そもそもこうなったのは全部雪音さんのせいだ――そうに、違いない。

『う……分かりました、ユキネ』

『ヨシヨシ、いい子いい子! ミィコ偉い子!』

『ユキネ! やめてください!』

 ちょっとしょんぼりしていたミィコだが、雪音さんに褒められてすぐ元気になっていた。

『さてと! みんな元気そうだったので、雪音は早々に退散します。私がここで長居していると、みんなの本体に何かあっても分からないし、私もそれが心配になって仕方ないので――ということで、またね~!』

 相変わらず雪音さんは一瞬のうちにコネクションロストしていく。


 ――そんなこんなで、僕らは朝食を食べながら今日一日の計画を練ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る