父親?

「藍里か。無事でよかった。まずはお前に謝らないといけないな……こんなことになって本当にすまない。父さんは、とても大きな間違いを犯してしまった。この二日間、必死に解決策を探っていたが……もう手遅れだ。こうなってしまった以上、藍里、お前には知る権利がある」

 海風博士は藍里にそう伝えた後、藍里の後ろで硬直していた僕ら3人をじっと見つめた。


 そして――


「君らも知りたいだろう、真実を。突如として己に宿った奇怪な力、その真実を――さあ、付いて来たまえ!」

 そう言って、海風博士は厚手のコートを颯爽となびかせて駅前の方向へと歩いて行った。

「あ、お父さん、ちょっと待って!」

 藍里もその後ろを追いかけた。

「……なんだか、海風博士そのものが奇怪な人物なのではないかと、私は思えてくるよ」

 雪音さんはため息交じりにそう呟いて藍里の後を追った。

「ユキネ、待ってください。ミコも行きます!」

 ミィコも雪音さんの後を追った。僕もミィコの後を追いかけた。


 ――カラオケボックス『こまいぬ』。全国チェーンのカラオケ店だ。

「ここなら人に聞かれる心配もないだろう」

 確かに防音設備で声が漏れにくいのだろうけど、あえてカラオケ店をチョイスするのは如何なものだろう?

「もう、お父さんは……ごめんなさい、うちの父、少し変わっているんです」

 僕の気持ちを察したのか、藍里が申し訳なさそうに僕の耳元で囁く。

 なんとなく、藍里が少しだけ変わった子なのも、この父親の影響があるのかもしれないと思った。


「おっけー! ここは私に任せて! ゴールド会員カードを持っているので! なんと、ゴールド会員は2時間コースに1時間延長が付いちゃうんです!」

 雪音さんはノリノリだ。雪音さんのことだから、念のため海風博士の館員カードを使わないようにと、空気を読んでそうしてくれたのだろう。多分。いや、どうだろう?

「助かるよ、料金は全額、私が支払おう!」

 さすがです、お父様。


 ――僕らはマイクの入ったカゴを貸し出され、それ持って指定されたルームに入室する。

 そして、みんな席に着いた。

 僕の隣に藍里、テーブルを挟んで向かいの席に海風博士と雪音さん、ミィコだ。

「ミコ、『白羽 ミュウ』ちゃんの新曲歌いたいです!」

 ミィコはノリノリだ。

「フードもドリンクも全部私が持つから遠慮せずどんどん頼んでくれたまえ! よーし、パパ歌っちゃうぞ☆」

 海風博士のテンションが少しおかしい……キャラも変わった。ダメだ、この親父。

「ちょっと、お父さん!」

 藍里が制止するも、海風博士は選曲し始めた。それにつられて雪音さんとミィコも歌いたい曲を端末で入力している。

 ――なんなんだ、この人達は。

「もう、お父さんはいつもこうなんだから……」

 藍里は呆れている。


「ええと、君、何君だっけ? 名前聞いてなかったよね。それにしても、早いものだ……藍里も、恋人ができる歳になっていたなんて」

「お父さん!」

 藍里は慌てていたけれど、否定はしなかった。僕には愛唯がいる……とはいえ、少し嬉しかった。

「ええと、僕はさとり。『鳳城 さとり』って言います」

 僕は海風博士に答えた。

「そうか、藍里は小さい頃から男の子と遊ぶのをホント嫌がってね。すごくおとなしい子だからずっと心配だったんだよ。ああ、それから、お父さんのお嫁さんになるって――」

「お父さん!そういうのいらないから!」

 海風博士は普段、研究所に籠りきりで家を空けていると聞いた。

 それでも、藍里との仲は良好のようだ。藍里といる時はいつもこんな感じなのだろうか?

「あ、自己紹介遅れました。私は水戸 雪音、こっちのちびっ子が天野 神子です」

「神子です……よろしくお願いします。あと、ちびっ子ではないです」

 雪音さんとミィコも海風博士に自己紹介をした。

「私は藍里の父です。こちらこそよろしく!」

「こんな父ですが、どうぞよろしくお願いします……」

 藍里は申し訳なさそうにしていた。


「さあ、さとり君、雪音君、神子君、遠慮はいらないよ! どんどん注文したまえ。私のおごりだ! アルコール以外ならなんでも頼んでいいぞ!」

「は、はあ……それじゃあ、皆さん飲みたいドリンクと食べたいフード教えてください」

「あ、ミコはこれとこれとこれ食べたいです! あと、飲み物はこれです!」

「じゃあ、私はお酒に……ダメだよね。わかっています、わかっていますよ!」

「私はドリンクだけで大丈夫です!」

 各々好き勝手に発言していたが、僕はそれを全部まとめて注文した。


「あ、ミコの番です! ミュウちゃんの曲!」

 ミィコもハイテンションだ。

 『白羽 ミュウ』というアイドルのファンなのだろうか? 電気街でも『白羽 ミュウ』の屋外広告がいたるところに設置されていた。

 白羽 ミュウは、電気街を中心に活動しているアイドルで、今では国民的な人気を誇るのだとか。


 ――こうして、僕らは海風博士に巻き込まれるような形で打ち解けていった。

 酒池肉林のようなひと時を過ごして豚のように肥えた雪音さんとミィコがソファの上に転がっている。

 静まり返った室内、海風博士は真面目な顔つきになっている。そろそろ本題に入るつもりなのだろう。

「さて、余興は終わりだ。現実に戻ろう」

 海風博士がみんなに聞こえるようにそっと呟く。

 転がっていた雪音さんとミィコも姿勢を正して海風博士の話に耳を傾けた。

 僕は藍里の方をチラッと見た。藍里もこちらをチラッと見た。

 いよいよだ――

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