嵐の前の…

 ――降車。

 目的地までの切符を購入し、新交通システムとやらに乗り換える。藍里にはほんの少し笑顔が戻ってきている。

「空いていてよかったね」

「よかったです! 窓際席確保です!」

 藍里は子供のようにはしゃいでいる。

 クロスシート(横向きになっている座席)に二人で並んで座り、僕は通路側、藍里は窓際。

 出発までは数分あるというのに、藍里はニコニコしながら車窓から外を眺めている。

 というか、なんで僕は藍里の隣に並んで座ったのだろう? 正面に座った方が不自然じゃない気がする……が、今更移動するのもなんだか気が引ける。


 ふと、ある疑問が頭を過った。

 ここまで来る途中、能力者に遭遇していないのだ。

 僕は警戒しすぎてキョロキョロしていた。ふと、そんな僕を見つめる藍里。

 ――ポンと手を叩くジェスチャーの後、藍里は肩にかけていたポシェットの中身をゴソゴソしている。

「さとりくん! 忘れていました! これです! すっごく重要です!」

 そう言って藍里は僕に、駅前で配っていたチラシを見せてくれた。


『緊急事態により、異能超人特別法案が可決! 本日より、異能超人が一般人及びその周辺に向けて能力を発動した場合、超人対策課所属の特殊部隊による殲滅行動が法的に許可されました。なお、危険な能力者と判断した場合、警告なしに武力行使による制圧が行われます。そのため、異能超人の方々は能力の発動にくれぐれもご注意ください。なお、能力の発動が不安定、もしくは制御できないなどの問題をお抱えの方は、こちらの異能超人電話相談室までご連絡ください』


 マジか!? そのチラシの内容は、僕が今まさに考えていたことそのものであり、その答えでもあった。

 つまり、目立つ能力者や、危険な能力者は、この武力行使によって政府組織に拘束されている、ということなのだろう。

 それにしても、藍里にはテレパシーとか人の心を読むような能力でも備わっているのだろうか?

 それと、このチラシ、異能超人電話相談室の連絡先もしっかりと記載されている。ここに連絡したらどうなるのだろう? 最悪、どこかに拘束されてしまう可能性もある。ちょっと気になる。

 それよりも、藍里も能力者なのかが気になる……心を読める能力とか? それとなく、気付かれないように聞いてみよう。


「今、何となく、僕の中に『能力者に全然遭遇しないな』って考えがあったのだけれど……この、タイミング。藍里、君は超能力者? 読心術の能力者?」

 僕は藍里にそれとなく聞いてみた。

「ち、違います! 重要なことなのでもっと早めに渡したかったのですけど、色々と考えているうちに忘れちゃっていました……」

 藍里は申し訳なさそうにした。

「そんな! 全然知らなかったから本当に助かるよ。知らずにいたら特殊部隊にボコられていたかもしれないし……」

「あはは、確かにそうですね! 笑い事ではないですけどっ!」

 藍里はそう言いながらクスクスと笑っている。

 ということは、藍里は能力者ではない、ということ? 釈然としないが、まあいいだろう。


 ――そうこうしているうちに乗り物が動き始めていた。

 藍里は複雑な表情で窓の外を見ている。僕も正直言って複雑な気持ちだ。解決に一歩近づけるという期待と、過酷な現実を叩きつけられるのではないかという不安が僕の心の中で入り混じる。

 海風博士は政府から追われているというし、下手をすれば僕らまで政府に目を付けられてしまう可能性だってある。

 僕は、『選択を間違えたのではないか』という考えが一瞬だけ頭をよぎった。

 過剰な好奇心は身を亡ぼすのだろうか?


 ――海が見えてきた。間もなく目的地に到着するだろう。


 考えていても仕方がない。行こう、真実を確かめに――

 

 ――僕らは降車して駅前にでる。

「到着ですね! なんだか、カップルばっかりですね。私たちも傍から見たらカップルに見えちゃったりするのでしょうか!?」

 藍里は冗談交じりにそう言った。

「え、いや、どうだろう……そうかも?」

 僕は答えに困っていた。


 それにしても建造中の建物が多い。ここ数年、この辺りは物凄い勢いで開発が進んでいると聞く。近場の観光スポットとしても人気があるらしい。そんなことを考えながら周辺を注意深く見渡していた。

 ふと、見知った顔の筋肉質な巨体が勢いよくこちらに向かってくる。けばけばとした服に太い腕、短いスカートに図太い脚。

 ――アンリさんだ。彼女(彼?)は息を切らしながらドスドスと僕に近づいてくる。


「アンタ!」

「は、はい!」

 僕は何か怒らせるようなことでもしたのかと不安になった。

「やっと、見つけたわよ! アンタ、遭遇するはずの場所に居ないじゃないの! まったく、もう。私の能力もまだまだね……」

「アンリさん、おはようございます!」

「あら、藍里ちゃんおはよう。今日も可愛いわね」

 藍里は突然現れたアンリさんに動じることもなく、日常的に変わらぬ挨拶を交わしていた。

 なんていうのだろう? 藍里は、よく言えば底なしの包容力だし、悪く言えば天然……場の空気を悪くしないためにあえて空気を読まない策士なのかもしれない。恐るべし……。


 それはともかく、アンリさんの予知能力は外れることもあるようだ。

 僕が覚えている未来の記憶もそれと同じようなものだとしたら――僕が生き残る未来、もしかしたら可能性はあるのかもしれない。アンリさんのおかげで少しだけ希望が持てた気がする。

 すると、息を切らしながら向かってくる女性と女の子。アユミ…ではなさそうだ。

「ちょっとアンリさん、速すぎです。そのデカい体でどうやってそんなに速く走れるんですか……?」

 ショートヘアで少し明るめの髪色をした女性だ。俗にいう、ギャルなのだろうか。

 その女性の後ろに隠れているのは、清楚で少し大人びた服装をしている小さな女の子。透き通るような白い肌と綺麗な顔立ち、心なしか目の色も少し薄い……ハーフやクォーターなのだろうか?

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