8話 死と血を越えた者だけが
いつの間にか眠り込んでいた。
ヒズルは瞼を上げる。
壁を背に、身を丸めて横たわっている。
目前には、ラージャがいる。
石壇に向かって座している。
何も身に付けていない。
炎の女神ブリグレトと契約を交わす、と言っていたのを思い出し、瞼を閉じる。
契約の詳細は分からないが、部外者の自分が見るべきものではない。
だが――ヒズルの覚醒を察したラージャは正面を見たまま言う。
「……見ろよ。ただし、そこに座れ。『
「……いいの?」
「お前は『大地の精霊に庇護されし者』だ。我が女神も受け入れるだろう」
「……はい」
起き上がって背袋を外し、正座する。
『
すると、祠の中の明るさが増した。
表紙の碧色が、いっそう深まったように見える。
ラージャの肌を始めて見て――ヒズルは気付く。
ラージャの背の心臓の位置に、痣がある。
火傷の痕にも見えるそれは、八角形の星型だ。
「昔の魔導師が如何にして魔導力を得たか、その方法は失われた。精霊が『
語るラージャの横顔は、いつになく大人びている。
「オレの最初の記憶は、他の子供たちと森の小屋にいたことだ。八年前かな。子供は二十人ほど。裸足で、麻の簡素なチュニックを着せられてた。炎の女神ブリグレトの紋章が柄に刻まれた短剣を紐ベルトに吊っていた」
「八年前……」
「黒い布を頭から被った黒衣の魔導師が五人いた。奴らは棘付きの鞭を持っていた。街の外に逃げろ、逃げないと殺すと脅された。鞭で叩かれ、全員が小屋から逃げた」
ラージャの左太腿には、裂かれたような痕がある。
「オレは足を引き摺って逃げた。オレに肩を貸してくれた子供がいた。追手が来て、彼の体に火を投じた。彼は、瞬く間に炭になった。追手は言った。他人を助ける奴は不要だと」
「そんな……ひどい」
「それでもオレは逃げ続けた。チュニックを裂き、傷口と足に巻いて逃げた。時折、悲鳴が聞こえた」
ヒズルは、ただ俯く。
ラージャは、生き地獄を逃げ延びていたのだ。
「空が少し明るくなった時、目の前も開けた。森から抜け出せたんだ。先には平原があった。オレはそこを目指して走った。だが、体が止まった。まるで鎖で引っ張らているように、一歩も進めなくなった」
「それって……まさか『
「当時は、そんなもので繋がれてるなんて知らなかったけどな」
ラージャは、瞼を伏せて微笑む。
「背後が赤く輝いた。振り向くと、追手がいた。炎を体の周りに纏わせてな」
ヒズルは、ラージャと会った時を思い出す。
彼は、蛇のような炎を纏わせていた。
「オレは短剣を抜いた。追手とは距離が開いている。飛び掛かる前に焼かれる。奴はゆっくり近づいて来る。オレは心の中で叫んだ。死にたくない、生きたいと。すると短剣から炎が上がった」
ラージャは右手を握る。
「切れ、と言う声が聞こえた。男の声だった。オレは何をすべきかを知った。オレを繋ぐものを切る。誰にも教わってないけれど、どうすれば切れるか理解した。オレは短剣で心臓を刺した。血は出なかったが、激痛に見舞われた。痛すぎて、地面を転がることも出来なかった。気が付いたら、追手の黒マントに包まれ。抱きかかえられていた。魔導院で治療を受けて半月後に退院すると、拍手で迎えられたよ。生き延びたのは君だけだ、君を魔導師見習いとして厚遇するってな」
ヒズルは絶句する。
現代の魔導師は、自ら『
血の試練を生き延びた子供に与えられる地位が『魔導師』――。
自分たちを襲った二人も、試練を生き延びた者たちだった――。
「……ラージャ……ごめん……」
ヒズルの目頭は熱くなる。
「バカ。何で謝るんだよ」
だが彼も、目を拭う。
「オレが教えを受けた魔導院の街の『
――ヒズルは号泣した。
残酷すぎる。
今を生きている魔導師は悪くない。
そんな試練がいつから始まったのか知らないが――酷すぎる。
「けっ、話したオレがバカだった」
ラージャは、チュニックに袖を通す。
「オメーが寝ている間に、契約の儀式は終わったぞ。おい、余ってるチーズがあっただろ。食おうぜ」
ラージャはいつものように素っ気なく言う。
言われた通り、ヒズルは袋からチーズを出した。
チーズは、ほんのり温かかった。
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