6話 僕は、旅を続ける
ラージャは、素早く状況を読む。
自分は祠の中で、背後には石壇。
真正面に長身男、斜め後ろに茶髪女とヒズル。
――男は、おそらく風の魔導術を使う。
――どんなバカ魔導師でも、契約を交わした精霊の祠は蹴らない。
――茶髪女は、水の魔導師だ。
――火を使うオレに対抗するために、水使いが来た。
――オレたちの場所を特定したのは、こいつだ。
「クソどもが! オレたちを見張ってたな? ウンコ色の髪、お前だな」
虚勢を崩さず、女を睨み付ける。
望むものを水面に映し出すのは、初歩の水魔導術だ。
だが映せるのは、自分が見たものや行った場所に限られる。
中堅クラスの魔導師だと、強大なパワーを持つ存在の追跡も可能だ。
ラージャは、ヒズルが背負う『
『
だが、それほど強大なパワーを感じたことはない。
しかし、目の前の二人組は『
下っ端とは云え、
「落ち着いて。私たちは敵じゃない。争うために来た訳じゃないの」
女は小首を傾げ、クロークの前を捲って言う。
下には紺色のドレスを着ており、宝石を嵌め込んだ
宝石は青と赤の二種類で、全部で八個。
私たちと争うのは愚行、との無言の威嚇だ。
ラージャは、ゴクリと生唾を飲む。
ラージャの持つ石のペンダントヘッドは一個。
女は、その八倍だ。
玉石は、術を封じられる魔導具である。
戦闘で致命傷を負っても、術を解放すれば逆転も在りうる。
しかし、下級魔導師が十個もの玉石をぶら下げるのは無謀と言える。
制御できない魔導力を背負うに等しく、魔導術が暴走して自壊する。
――女も男も、ラージャの魔導力を凌駕する術師だった。
しかし、ラージャは退かない。
「ざけんじゃねえ。いきなり現れてガキの手を握る奴は、悪人と決まってんだよ!」
「……確かに無礼だったわね。ごめんなさい」
女は謝罪したが、ラージャの罵倒は止まらない。
「こんなド田舎にご苦労なこった。寒いとクソを我慢するのも大変だろう」
顔をしかめつつ、狼狽するヒズルに「落ち着け」と目配せする。
が、打開策は全く見い出せない。
炎をぶつけようにも、女は簡単に防ぐだろう。
しかも、人質を取られている。
ユーウェンの形見に、風の術を封じられなかった自分の無能さを悔やむ。
カラクレオ村で、何度も試した。
外に出て、人気の無い所で大気の精霊に祈った。
火の魔導師でも、触媒があれば風の力を少しは借りられるから。
ユーウェンを思い浮かべ、何度も何度も試した。
しかし、徒労に終わった。
転移の術が使えれば、ヒズルだけでも逃がせたのに……。
(くそっ、くそっ、くそっ!)
ラージャは地団太を踏む。
ほくそ笑む魔導師二人に、抗う術がない。
ヒズルは怯えきって立ち尽くしている。
「おい、薄汚いツラには飽きたぞ」
長身男は唇を歪め、ラージャを嘲った。
「あーあ、髪が乱れちまった」
後ろに撫でつけた前髪が、吹く風で乱れている。
「そうね。早く帰りましょう」
茶髪女は、ヒズルの肩に手を当てる。
「ヒズルくんね。さあ、私たちと行きましょう。神殿に」
「……しんでん……?」
ヒズルがおずおずと訊き返すと、女は
「そう。私たちの『女神』が治める大きな街の神殿。広いお部屋も用意してあるわ。同じ年頃の子も住んでる。すぐに仲良くなれるでしょう」
「……ともだち……」
ヒズルは呟き、思い起こす。
チャザ、インガ、リーナ、コー、その他の子供たち、
彼らの両親、村長、寺院の僧呂、村の人々。
バシュラール、マリーレイン、スイレン。
テオドラ、ロセッティ、エオルダン。
アルガの街の人々、月の里亭の人々。
エオルダンの森の生き物たち。
おじいちゃん、お父さん、お母さん……。
黒髪がなびき、前髪が瞼をこする。
お母さんは、ここにいる。
自分を見守っている。
――『
出会った人々、別れた人々。
彼らの『真心』を記した『書』だ。
何者でもない自分が愛した『世界』の記録。
「僕は……旅を続けるよ……」
ヒズルは、顔を上げた。
――彼らは恐ろしい。
――ラージャでは敵わない。
――けれど、ラージャは屈しない。
――だから、自分もひれ伏さない。
「テオドラと約束した。世界を回って『
声が轟き、何かが裂けた。
「目を閉じろ!」
聞き慣れぬ声が、宙より浴びせられる。
ヒズルは上を見た。
真上に白と紫の影が浮き出た。
逆立つ髪の隙間に見えた両の瞳は、濃い紫色に輝いていた。
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