71話 それは無力なようで…②

「アイちゃん!?アイちゃん生きてっか!?」

『なに、チーさん……ふぁ……っ』

「ごめん、寝てたか?」


 時計の針はすっかり日付が変わる直前を指していた。連日疲れているだろうから、いくら少し夜型のアイちゃんでも流石に布団の中のようだった。申し訳ないことをしたな、と思いながらも続けた。いつもよりもだいぶ眠そうな、柔らかくて間延びした声が聞こえてくる。


『……どーしたの……』

「借りた部屋のことでききたいんだけどもよ……あの部屋どこで見つけてきたんだ?」

『普通に……マンスリー調べる、サイトに乗ってて……』

「なんであの部屋にしたんだ」

『……』

「ちゃんと本当のこと、答えてけろ」


 返事が返ってこない。眠いのか、本当になにか隠しているのか。


「お兄さんと暮らすってのは、嘘なんだべ?」

『……ごめん』


 低い声が返ってくる。反省しているのか、申し訳ないと思っているのか、声色からは判断がつかない。


「何のために借りたんだ?」

『……中が見たかった』

「そんなの、契約なんてしなくても見れたんじゃないんのか?」

『マンスリーだから内見なくて……』

「なんで見たかったんだ?」


 言い訳のような言葉が続く。一番言いたくないことを隠すように言葉を選んで、納得させようとしてきているのがわかる。


『アイカ……なに喋ってんの……』

『……ただの電話。……チーさんごめん、朝折り返すから』


 アイちゃんより少し低い、けれどまだ少年のあどけなさが残る声が聞こえてくる。……これが例の一つ年上の兄ちゃんか?


「そっか、ぐっすり寝てちゃんと掛けてこいよ」

『ごめん、おやすみ』

「おやすみ」


 ぷつり、と電話が切られる。……聞きたいことは聞けなかったけれど、とりあえず生きていてくれてよかった。


「特になんも収穫なしか」

「相当眠そうだったし……寝てくれてるだけいいか」


 彼は……ユキちゃんは本当にひどいとき、全然寝られなくなっていたと言っていた。ここまでくると重ねて見るなという方が無理だ。


「……オガちゃんさ、アイちゃんの他の兄弟のことも調べてんだろ?」

「そうだけど」

「どんな子たちか、教えてもらってもいいか?」


 オガちゃんはちょっと困ったような顔をした後、仕方がないなと言いたいように口を開いた。


「……アイには言うなよ」


 そういえば、一番上の兄貴しかオレは見たことがなかった。他にはどんな子と一緒に暮らしているのか、さっきの電話の向こうにいたのは仲が悪いって言っていた子なのか。……それに、どこかで聞き覚えのあるような声だと思った。


「ほらよ、大した情報はないから期待するな」


 クリアファイルに纏められた資料は年齢が下の子から並んでいた。一番手前にいた子はこの間殺されたという。次に赤髪の男の子、そして……。


「ユウちゃんに、似てんな……」

「ユウちゃんって、谷垣有渡か?」

「うん……」


 少し明るい茶髪、くりっとした丸い目。正面からの写真ではないためしっかりと顔は映っていないが、少しだけ彼と似ている。だけどユウちゃんは言ってしまえばどこにでもいるような子の顔をしていた。それにしっかりと顔を覚えていない。


「ユウちゃん、今どうしてんだろうな」

「出てこれないだろ、まだ」

「そう、だべな……」

「……」


 ペラとめくると、アイちゃんの資料がある。相変わらず画数の多い漢字だな、とか載ってる写真を見て会ったころは今よりも短いところで髪を切りそろえていたな、と思い出す。よく見れば今よりも顔立ちが幼い。……一度見せてもらったユキちゃんの小学校の卒業アルバムと、やっぱり生き写しのように似ていた。


「……!」

「どうしたんだよ」

「この子、アイちゃんの一個上の兄貴だよな?」

「生年月日見ればわかるだろ」


 ぺらりともう一枚捲る。ああ、この子が多分さっき裏にいた子なのだろうなと思いながら、貼り付けてある写真に目を落としたとき、心臓が止まるかと思った。


「……浅間くん」

「え?」

「ユキちゃんの面倒見てた子で、確か小学校の同級生。浅間……確か翼って名前だった。なんどかうちに食いに来たこともあったし、オレにユキちゃんの卒アル見せてくれたのは浅間くんだった」


 濡れた鴉の羽のような深い黒の髪、対照的に色素が薄い瞳。そういえば彼もどこか幼さがどこか残るような声をしていた。ちょっと浮世離れしてるけれどしっかりしていて、一見暗そうに見えるけれど話をしてみると面白い一面もあった。

 実際に会った彼と、卒アルに載っていた幼いころの彼の全く中間の容姿。もう一枚ついている幼いころの写真は、アルバムで見た彼と同じ顔をしていた。


「真崎弥孝…...アイカより半年くらい前に施設に入所してる。戸籍もその数日前に作られてるな。重度のアレルギー体質、呼吸器が弱くて喘息持ち、それでよく学校は休んでるけど素行は特に問題なし。小学生の時に読書感想文で文科大臣賞を貰うくらいには頭もそこそこ……まあそんなこったな」

「浅間くんも、確か喘息だった。……それに、作家だった」


 そうだ。持病が重いことと、介護が必要なご両親と同居していて、外に働きに行けないって聞いていた。売れてないけれど小説を書いたりライターをしてなんとか食いつないでいる、とも。


「……おい」

「でも、ユキちゃんから聞いた話だと心筋梗塞で亡くなってる。確か子供もいない、甥っ子と姪っ子はいたけど」

「流石にさぁ……なんのジョークだってんだ?」


 ユキちゃんと仲の良かった彼のそっくりさんがアイちゃんのすぐそばにいる。アイちゃんのお母さんはユキちゃんの彼女のカオリちゃんだった……これらが全て無関係とは大抵思えない。


「ドッペルゲンガー、なんて冗談で言ってたけどもよ……」

「想像以上にキナ臭くなってきたな」

「なぁ、オガちゃん」


 ────一体、アイちゃんたちは、何者なんだ?







【AQWVH @aqwvh 罪を犯した人間がさ、結構街中で何事もなかったように普通に生きてるんだよね。 それってさぁ理不尽じゃない?】



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