56話 甘美な脅しを…③

 犯人の目星……までは行かないもののヒントを得たというのに今度は別の不安で頭がいっぱいになる。理由さえわかってしまえば気が楽になるのかもしれないが。しかし、微妙につながってしまった分拒絶感ばかり募っていく。


「表現としては悪いが、犯罪者の言い分を鵜呑みにしたってお前が必要以上に苦しむだけだ。アイはなんも悪くない、被害者だろお前は」


 聞きたいのはそんな言葉じゃない。


「……じゃあさ、なに?カオリさんはそんな理由で殺されたのかよ、一番の被害者は彼女だろ?仕事でオレらの面倒見てただけじゃねえか!」

「なぁ、アイ」

「なんでカオリさんが巻き込まれなきゃいけないんだよ、他人だろ、関係ないだろ……!」



「なぁ、頼むから。……同じ顔で、同じようなこと言わないでくれよ」


 正面で、尾方さんが顔をしわくちゃにしながらうつむいていた。その顔は年甲斐もなく、今にも泣きそうだった。


「……なんで、あんたがそんな顔すんの」

「アイには、関係ない……」

「関係なかったら、そういうこと言わないだろ」


 今度は何だって言うんだよ、なに?同じ顔でって、その死んだ”ユキさん”ってやつもこんな思いしながら生きてたっていうのかよ。死ぬ前そんなこと言ってたって?だから重ねてるって?そんなんで泣くか?


「わるい……こっちの勝手な話だ」

「オレ、そんなに似てるの。泣かれるくらい?」


 尾方さんが携帯を取り出す。こちらに向けてきたのは、今の主流の画質よりもだいぶ荒い写真だった。明らかに隠し撮りをしたような角度、よく見知ったラーメン屋のカウンターで麺を啜っている20後半くらいの男性。


「……唯一俺たちが持ってる写真だ。あの人、そういうのちょっと苦手だったから」


 パッと見た印象はだいぶ違うけれど、よく見れば確かに似ていた。少し釣り目で日本人にしては彫りが深い顔立ち、赤みがかった瞳の色、少し上からの角度だから見えるつむじすら、毎朝自分が髪を梳かすときに邪魔だなと思っている位置と大体同じところにある。


「そこまで重ねるほど似てるか?髪の色だって……」

「元々お前と同じ地毛は金髪だ、目立つのが嫌だからって染めてた。親父さんがアメリカ人で母親が日本人のハーフ……っても本人は海外行ったことすらないって言ってたけどな」

「……は、なにそれ」


 似てるって言ったところで、どうせ世間一般の人間がお世辞で「芸能人の誰に似てるね」という話をするレベルだと思っていたのだが流石にここまで来ると気味が悪い。ぐらり、と自分のアイデンティティが崩壊していくような、じわじわと自分の積み上げてきた数年が浸食されていくような感覚がする。


「正直、俺もお前と初めて会ったときびっくりしたよ。お前とユキさんに一切血のつながりがないなら、ドッペルゲンガーか幽霊かと思うくらいだ」

「……生きてるよ、失礼な」

「だよな、ごめん」


 隣で見ていた兄さんも、さっきからずっとオレと写真の人物を見比べている。


「この人が……アイカの親ってことはないんですか」

「子供がいるって聞いたこともねえし、離婚歴があるってこともない。ただ……お前がなんとなく覚えてる記憶、確か母親しかいなかったんだろ?」

「うん」


 薄暗い部屋と、甘ったるい声で喋る下着姿の女と、視界の端に布のようなものが見えたからきっとオレは布団の中に入って、その様子を見つめていたのだと思う。


「可能性としてあるなら昔付き合ってた女が堕ろさなかった……くらいだろうな」


 オレはその人の性格なんて人の話でしか聞いたことがないから想像は全くできないのだが、聞く感じでは確かに女と子供を捨てるような人間だとは思えない。というかそんなことをしておいて、チーさんと尾方さんを騙していたのなら相当な演技派だろう。なら、考えられる可能性は当人の知らないところで子供を作られていた。くらいだろうか。……まあ世の中にはそんなこともあるのだろうけれど、そんなことまでして欲しかった子供を捨てるか?というとまたなにか違うような気がする。


「結局……何もわかんないってわけか。ごめん、言いにくいこと言わせたろ」

「それは別にいい……むしろ、勝手にお前とユキさんを重ねてて悪かったな」

「いい気はしないけど、それだけその人が死んだのが悔しいんだろ。悼む機会が必要だってのは今身に染みてるから」


 別に、オレを通して恩人さんを見てるんだったら少し腹立たしい面もあるけれど、別にそういうわけでもないし、その人の恩恵を受けて生きているわけだからそれを非難するのもどこか違う気がする。


「その、ユキさんって人は……結局なんで死んじゃったんですか?」」


 兄貴も相当複雑そうな顔をしている。結局何もわからない上に、謎は増えていくばかりで混乱するのも無理はない。


「……自殺だ」

「……」

「連続殺人事件に関わってたように冤罪を吹っ掛けられたんだ。職場に信者が混ざっててな……あんなのすぐ捜査したらバレるレベルのでっちあげだっていうのに」

「っあの、じゃあ……もしかして、僕たち、その事件の関係者の……子供ってことは……ない、ですか……」


 盲点だった。それだけの犯罪、公にはされていない事件。孤児しかいない養護施設。


「前から、アイカと僕で犯罪者の子供かもしれないって仮説は立ててたんです」

「聞いてる……警察、落ちたんだっけ?」

「はい……まあ普通に採点ミスがあとから発覚しただけなんでしょうけど、ちょっとまあこじつけで考えてて……ただ、その事件の話聞いたら、ちょっとあり得るんじゃないかって思って」


 殺人の実行犯だったらどんなに軽くても5年はでてこれないだろうし、親族だって引き取れなくて孤児として施設で養育するしかなくなるだろう。被害者家族だとしても、頼れる親族のいない国の支援で暮らしていた親元の子供だったら、施設に行くしかなくなる。オレたちの戸籍が登録された時期的にも絶妙に辻褄が合う。それに、親のことだって聞かれたって明かせられないだろう、内容的にも、情報秘匿の面でも。


「あー……なるほどな」

「僕たちを狙っている犯人が、その名前を名乗っているのにもそれなら……殺しきれなかったから殺してやる、の意味かもしれませんし生き残って裏切ったから殺してやるとか、そういうことだったりしてって……」


 確かに推測の域を出ないと言ってしまえばそうだ、でもその線で考えてもいいくらいの情報は揃っている。


「尾方さん……」

「わかった。ただ、当時の関係者はほとんど残ってない。どこまで調べられるかについてはそんなに期待しないこと。いいな」

「お願い、します」


 何もわからないよりはいい、これで調べてみて違ったのならそれだけでも収穫がないよりはよっぽどマシだ。

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