54話 甘美な脅しを…①

「というわけで、尾方さん。あんたが知ってる情報、全部教えてもらっていい?」

「……」

「顔に知ってるって書いてあるんだけど」


 端末の画面に表示される、あずみ植物園の園長逮捕のニュース。彼はこのころにはこの辺に住んでいたはずだし、知らないなんてことはないだろう。それに、彼は元々……。

「このころあんた、まだ刑事だった頃だろ」

「……ああ、そうだな」


 チーさんから、尾方さんが元刑事と聞いた時は正直驚いた。なんでも嫌になることがあったらしく、仕事を辞めてからは気楽にやっていけそうな仕事をしたくてプラプラして、色々経て探偵を今はしていると聞いている。


「教えてよ、言える範囲でいい」

「なんで今度はあずみ植物園の話なんだ?まあ、ここの園長が葉っぱ育てて捕まったのは事実だが」

「ハナダリト」


 その名前を口にしたとき、明らかに目の前の人間の顔色が変わった。


「お待たせしました……すみません、仕事抜けるの遅くなっちゃって」


 そこに兄貴が合流してくる。午後の仕事を休んでこちらに来てほしいと頼んだのだ。よく人との待ち合わせに使う喫茶店、内装が渋い割には600円で軽食とドリンクのセットが頼める。金持ちの趣味店じゃないとこの価格を維持するのは無理だろう。人も閑散としているから、うるさいのが苦手なオレにとってここはチーさんのお店の他のもう一つの隠れ家だった。


「アイカから話は聞いてます。遠峯怜悟とおみね さとる、こいつらと同じ養護施設で育った兄代わりのようなものです。いつもアイカがお世話になってます」


 兄さんは随分と畏まって挨拶をする。頭の下げかたを見て、本当に社会人をやっているんだなと思った。なんだかまるで遠い人になってしまったように感じた。


「いや、こちらこそ。尾方彰良おがた あきらだ、一応名詞」

「頂戴します」

「なんどかチーの店に行ったことあんだろ?アイツから「アイちゃんの兄ちゃんすっごいいいやつだった」って聞いてる。すまねえな、来てもらって」

「いや、ほんと……アイカが大変お世話になってます、こいつ大人ぶって結構ガキだから大変でしょ」

「ちょっと兄貴!?」

「あー、確かにそうだな」


 こうやって人をダシに話題を広められても困る。ああもう、こういう雰囲気が一番居心地が悪いんだ。……ガキなことは認めるが。

 一人増えた様子を見て、店員が追加のオーダーを取りに来る。兄貴はオレの隣に座って、水を一口飲んでからリュックからメモを取り出した。


「アイカ、何の話までしてたの?」

「オレとカズにメールを送ってきたやつの話」


 兄さんのことは正直勢いで呼んでしまった。尾方さんに聞きたいこともあったし、例の試験に落ちた件も含めて調べてもらうために一度会わせたいと思っていたしちょうどいいと思ったのだ。オレたちが狙われている以上、兄貴だってもしかしたら対象の一人に入っているかもしれない。状況を説明するにも、まとめてしてしまったほうが良い。


「とりあえず、まあ数日前の話から。ウチの一番下の妹のヒマリが何者かに殺された。そのあと調べに来た警官とオレで口論になった。カズがメールで脅されて、その様子を録音してメールの送り主に転送した。それが動画サイトにアップされていまちょっとした炎上騒ぎになってる、元の音源は削除されたんだけど転載とのイタチごっこだ」


 中にはオレたちを特定するためか、頑張って名前を消してるところを解読しようとしている奴まで現れている。状況を勝手に考察しだす奴までいるわ、世の中は大層暇らしい。そんなことしている時間があるっていうのなら働くなり勉強してろと毒づきたくなるが。


「オレの元には、その動画の元のURLが送られてきた。そのメールの送り主のメールアカウントに登録されている名前が「波縹璃都はなだ りと」そして、安曇に昔いた同じ名字の人間が、あずみ植物園を経営していて、過去捕まっている……ってこと」


 なんともまあ、急に事件が動き出したものだ。カオリさんが殺されてからしばらくは何もなかったというのに、ここ数日で状況が随分と変わっている。

 兄貴と尾方さんがイヤホンをして例の音声を聞く。表情には明らかに嫌悪感がにじみ出ていた。


「アイカもアイカだけど、警察も警察だな……っ、すみません」

「いやいいよ、もうそっち側の人間じゃないし。実際内部には変なのも山ほどいたから……なあアイ、お前とバトった警察、なんってやつだ」

「近林、もしかして知り合い?」

「聞き覚えがあると思ったよ、道理で……あー」


 どうやら色々と思い当たる節があるらしい。そのあと随分と言いにくそうな顔になった。


「……リト、ってのは波縹のところの息子だ。上にもう一人居て、二人兄弟……俺も近林もその一家の事件にかかわったことがある。……正直店員にも聞かれたら困る内容だ、頼んだものがくるまで少し整理しながら待たせてくれ」


 ここの店員は必要以上にテーブルを回ることはない。客も厨房を挟んで反対側の席の方に集まっているため、食事を届けるときくらいしかこちらに来ないだろう。頭を抱える尾方さんの様子を見ながら、オレは兄貴に声をかけた。


「……ごめん、ヒマリの件報告だけで済ませてて」

「いや……要は、多分お前ら全員真犯人に脅されてるってことなんだよな?」

「たぶん……わかんないけど」


 単純に考えてしまえば、ヒマリも同じような手口で脅されてカオリさんを殺したとするのが一番だ。だけれど、一度携帯を回収されている時に彼女が犯人だと特定できなかったってことは、ヒマリへの指示は携帯端末越しではないと推察するしかないだろう。それに、わざわざ特定できる情報をこちらに渡してまであんなメールを送ってきているのだから、あの名前が無意味だとは思わない。

 3人分の食事がテーブルに並ぶ。目線を向けると観念したかのように尾方さんはコーヒーを一口飲んで続けた。


「これは、公にはなってないことなんだがな。そいつらは……連続殺人事件を起こした主犯たちだ」

「連続殺人……?」

「毒殺、家に忍び込んで、食事に毒を混ぜて……田舎だからな、できた犯行だろう」


 そんなものが公になってないなんて、一体どういうことだ。そもそも同一犯だろうがなかろうが、頻繁に人が殺されていたらそこそこ大きな報道が起こるに違いないし、一般市民も警戒するように言われてもおかしくはない。


「……被害者たちに共通点があってな、模倣犯がでる可能性があるから、報道の類も禁じて……波縹のやつらの罪状が大麻取締法違反になっているのもそれが原因だ。連続殺人犯として逮捕し、裁判をすることになったらどうにせよ一般市民にも広く知れ渡ることになる、できるだけ情報を秘匿する必要があった」

「なんだよそれ、どういうことだよ」


「被害者は全員、身元の引受人がいない生活保護受給者や、重度の要介護者だった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る