41話 身体は碌でもなく

 僕の両親は、僕を神様だと言った。


『璃律は、選ばれた子供だからね。お父さんとお母さんのもとに生まれてきた、神様』



「神様ってさ、誰が何のために作ったんだろうね」

「それはどういう意味で?」

「いやさぁ、だって実際に創造神っていると思う?」


 平日の神社はお年寄りの散歩コースだ。石でできたベンチに座って、コンビニで買ってきたたまごサンドを食べていたら、鳩に群がられたので、破片をエサのように撒いている。もちろんたまごの部分は渡さない。


「わざわざこんなところでそんな話するなんて、リツくんは罰当たりだね」

「バチなんて当たらないよ。神なんていないし。なにか悪いことが起きるのであれば、ただ運が悪かったか、因果応報ってやつだ」

「そういうこと言いながら神社デート?すごいなぁ」

「信仰してもらうにはそれ相応の世界観が必要でしょう。面白いよねぇ、こういうのに人間は感化されるんだから」


 よく手入れされた庭園を見る。植えてあるのは桜の木だ。春になるとここに大勢の人間が花見に来る。鯉がたくさん泳いでいるが、これは多分人工のため池だろう。いい景色、というのはそれだけで人の心を穏やかにするものだ。特別感も演出される。これだけの手入れをするのに年間いくらかけているのだろう、つまりはそれだけの価値があるということだ。


「まあ正直神様~って思うのは都合が悪いときだけだからなぁ。特にうちは何も信じてないし、かといって嫌ってるわけでもないから平然とクリスマスを祝って、お寺に親父の墓参りに行くけどね」

「キィちゃんの親御さん、亡くなってるんだ」

「4年くらい前かな、癌だよ。ありがちだね」

「大変だね」

「って言われてもね。別にだから何ってわけで。死んだ人間は蘇らないし、かといって別のお父さんが欲しいわけじゃないし。今は別の家族がいるし」

「ヘルスの経営者だっけ」

「ん、あたし元々母ちゃんいないから、母ちゃんって呼んでも違和感ないし」


 適当に春を買ったら、現れたのが同い年の少女で驚いたのがついこの間だ。自分も自分で普通ではないので、違法ヘルスに頼んだのだが、経営者のもとで疑似家族をやっているというから、少し興味がわいて話をするようになった。


「すごいよね、やっぱり世の中想像もしてない人たちがいっぱいいるんだから」

「あたしからしたらリツくんのが本当にいたんだって感じだけど」

「そりゃそうだ。僕だってどうなるかわからないんだよ。成長したら胸とかでてくるのかなって思ったけどこなかったし、かといって別に筋肉質になるわけでもなかった。ちょっと期待外れだな」


 まあなるようにしかならないとわかっているし、自分もこだわっていないのでそれに酷くがっかりしたとかではないのだが。ひょろひょろとしたチビのまま身長が止まってしまったのだけはちょっといただけない。


「あたしと普通にヤッたってことはさ、好きなのは女の子なんだよね」

「ん、まあ。じゃなきゃ呼ばないし、戸籍も一応男として取ってるからね。ただまあそこまでこだわりはないかな」

「ふうん」

「別にくんづけで呼ばれようとちゃんづけで呼ばれようと構わないし、僕を見た人が男だと思おうが女だと思おうが、どっちとして扱ってこようがそれに僕は介入する気がない、って感じ。だってそう思ったんだろ?否定するのかわいそうじゃないか」


 基本的には男性として振舞ってはいるが、これを男だと思いたくない人間も一定数いるだろうし、実際に何人か会ってきた。身長は低いし声も高い、見る人が見れば可愛らしい女の子と思われても仕方ない。かわいがられるのも別に嫌いではない。


「……よく割り切れるね。言われて嫌な気持ちにならないんだ」

「そこも含めて僕は”異常”なんじゃないかな。だから僕には価値がある。折角レアな人間として生まれてきたんだ、無理に普通になる必要性もないし、型にはまる必要もないだろう?」


 生まれてきたときから自分は他人が持っていない”特別”を持っているのだ。なら、それを振りかざして生きてしまえばいい。普通になりたいなんてハナから思っちゃいないのだ。普通の人たちが異常な僕を崇めて、讃えて、僕はそれを搾取する。


「普通なんて幻想だろう?いや、信じたい理想郷を人は”普通”と呼ぶんだ。人間にはこうあってほしい、世界にはこうあってほしいっていうね。まあそんな世界、ありはしないから生きていて楽しいんだけど」

「うっわどんどん難しい話になっていく、あたしついていけなくなっちゃいそう」

「それでいいんだよ。ついていけないことを認めるのも一つの選択だからね」


 僕が信じたいのは人間の自由意志だ。思考を手放すこと、それもまた尊重すべき事柄だ。


「優しいのか見下してるのかわからないなぁ」

「施すってことは見下してる面も少なからずあるからね。君はそれを甘んじて受けたいか、嫌だと思うか」

「甘んじて受けながら嫌だなぁって思っておこうかな」

「最高、そのくらいじゃなくちゃ。自分で自分の感情を白と黒で決めつけちゃあ楽しくないだろう?」


 境遇を聞いて面白いと思ったから、彼女と疑似恋愛ごっこを始めたのだが、なかなかキィちゃん自身にも見ごたえがある。そのくらい傲慢であった方が……いいや傲慢という表現は露悪的だな。そのくらい強かな方が面白い。折角我々には欲望というものが備わっているのだから、あるものは使わないともったいない。


「まあ、あたしなんかはなんもないから、使えるものは使わないと生き延びれないしね」

「まるでサバイバルでもしてるような言い方だな。まあ、狩猟してた頃も今も変わらず生き物は死ぬことからは逃れられないからね。どの時代にもそれ相応の苦労はあるもんだよ、誰にだって苦労があるように」


 技術が進歩して生活こそ便利になったかもしれないが、その分社会は複雑化して、建前のきれいごとの高度化がどんどん求められて結局生きるのは困難だ。狩猟生活していたころと、結局のところ個人個人が感じる苦労の大きさは変わらないのかもしれない。時代は良くなっていく、という前提条件を勝手に信じているから、勝手に苦しんでいるつもりになっているだけだろう。


「リツくんにもあるでしょ、苦労とか。そんな境遇じゃ尚更」

「はは。境遇じゃなくて、普通に身体って言っていいんだよ?まあ気を使ってくれているならその気持ちはありがたく受け取るとしようか」


 僕としては、一番率直な、それでいて残酷なご意見が一番大好きなのだけれど、相手に配慮することが美徳とされている時代だ。それに、その美徳にちゃんとのっかる判断力を彼女は持っている。


「一番困るのは病院なんだけどね。大きい病院じゃないと僕みたいなのは見れないから。体も壊しやすいし」

「……確かに、現実的なことを考えると大変だね」

「まあ、正直これくらいなんだよな困っているのって。困っている、ってより僕の存在が周りを困らせるのが嫌だなぁって感じ。僕と接するのにみんな余計な配慮とかするからさ、どっちかって決められてないと大変な人はいるから、基本的に男の子として振舞っているけれど、まあ子宮もあるんだから女の子だねって言われても否定できないし、別に嫌じゃないし」

「優しいね……まあ、否定されるのが悲しいって気持ちは、わかるかな」

「どうだろうね。僕が信奉するのは人間の独断と偏見に満ちたファーストインプレッションだから。そのために多種多様な人間がいて、違う経験をしているんだろう?同じ答えは求めてないんだよね。ある程度の共通認識は社会生活を営む上で大事だけどさ、僕に対してそれを適用しなくてもいいよっていうか」

「ふうん……」

「せめて、僕という”特別”の前では、人を解放してあげたいんだ」


 それが”僕”のいる意義だ。人間皆、真っ黒な本音を持っているけれど、だからこそ吐き出す場所は弁えないといけない。会社では家庭の愚痴が言えるように、家庭では会社の愚痴が言えるように、時と場合を選ばないと人間は言えないことだらけだ。みんなが協力していくためには、みんな本音と建前が大事だし、それは一つの美しい知恵だ。だけど、そんなのばかりじゃ壊れてしまう。だから、僕の前ではなにを言っても良い、何を考えても良い、そんな存在でありたいのだ。




ピロピロ


 携帯端末が鳴ったので、画面を確認すると弟の名前が表示される。ごめんね、と彼女に声をかけて電話に出た。


「もしもし?」

『リツ、そろそろ式典。帰ってきて』

「わかったよ、そんな遠くにはいないから。まってて」


 そう言うと満足したのか向こうからぷつっと切ってきた。通話時間が10秒程度だったことが表示される。


「ごめん、弟から電話。そろそろ帰らないと」

「そっか。弟さんいたんだ」

「驚いた?顔はよく僕に似ててね、たまに影武者をしてもらうこともあるんだけど。まあ流石に両親は見分けがつくかな」


 名前もよく似ていて「璃都」と書いて「リト」読もうと思えばリツとも読めてしまうから、僕は彼の名前が好きだった。


「そうだ、キィちゃんついておいでよ。お茶菓子くらいは出せるし、うちって来客多いからさ。歓迎するよ?」

「……いいの?ご家族に迷惑だったりしない?ちゃんと付き合ってるわけじゃないのに」

「そういうことは気にしないから。言ったろ?来客が多いって」

「じゃあ……」

「うん、精一杯もてなさせてよ」


 ねえ、キィちゃんは僕のことを男だと思ってる?女だと思ってる?それとも気を利かせて中性と言ってくれるのだろうか。僕を見て、人は大抵困惑する。だから、その困惑を率直にぶつけてもらって構わない。さあ、これから出会うあなたたちは僕をどう形容する?


 僕は、君たちの「神様」になってあげよう。

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