第20話 黄鱗きいろ

 ――いいかい、よく聞きなさい蜂蜜。

「なんですか、パパ。パパの隠していたクッキーを食べたのはお兄ちゃんですよ」

 ――……その話は後でじっくり聞くね。

「私は食べていません」

 ――聞いていないよ、蜂蜜。

「でも次からは梅味が入ってないものがいいです」

 ――いいからまずは聞きなさい。大事な話だから。

「はい、パパ」

 ――蜂蜜、我が三橋一族は、六梨一族の方々を守護する使命を負っているのは知っているね。

「クソですね」

 ――蜂蜜。

「すみません」

 ――六梨一族を守るためなら我々は時に手を汚さなければならない時もある。わかるね?

「はい、モキョ野郎は死なないのでいざとなれば殺してしまえばいいということですね」

 ――違うよ、蜂蜜。あとで少しママも交えて話し合おうか。

「はい、パパ」

 ――殺人を犯したとき、警戒しなくてはならないのは何だと思う?


 ――勝手に荷物を漁る子供?

 ――予定外の動きをする刑事?

 ――興味本位で話し出す傍観者?

 ――良心の呵責に悩む共犯者?


 ――いいや、そんなものじゃない。

 ――私たちが警戒すべきなのはただ一つ。


 ――そこらにあるものをとりあえず口に入れてしまうような、バカだよ。



 わはは。そんなものいるわけないじゃないですか。

 そう思っていた時代が私にもありました。

 まさか自称吸血鬼の中二病くんが、目の前の死体をうっかり口に入れて捜査を攪乱するだなんて。

「まったく、とんだ迷惑モスキート野郎です」

「吸血鬼だよ……」

「血が大好きって言って許されるのは中学生までなんですよこのチュパカブラ」

「き、きゅうけ……吸血鬼だよっ!」

 小声でアピールしてくる自称UMAを冷たく見下ろしていると、等々等期さんはさめざめと泣き始めました。

 いや、これ嘘泣きですね?

「ええーんしくしく、ハニーちゃんがいじめる~~。こんなに幼気な可愛い美青年をいじめるなんて人の心がないよ~~。僕こんなに可愛いのに~~~」


 ドゴッ。


 …………シンプルに殴ってしまいました。

 まったく、この期に及んでハニー呼ばわりしてくるからですよ。

 自業自得。天誅というやつです。

 決して下手くそな泣きまねとぶりっ子がウザかったからではありません。

 これは正当な暴力なので。私は正しい。

「はぁ……これに懲りたら真っ当に取り調べを受けることですね!」

 顔面へのパンチでひっくり返った等々等期さんを見下ろして宣言します。

 返事はありません。それどころかぐったりとしたまま微動だにしません。

 やれやれ、あの程度で気絶するとは、ずいぶんか弱い構造をしているのですねチュパカブラは。

 ビンタでもして叩き起こしてやろうかと手首を掴み、ふと私は気がつきました。

 氷のように冷たい肌です。冷え性なのかとも思いましたが、これはそんなレベルではありません。

 嫌な予感がしました。

 慌てて私は彼を助け起こすふりをして、こっそり等々等期さんの首筋に指を当てました。

 脈が、ありません。

 何かの間違いかと瞼を強引に開かせます。

 瞳孔が、開いています。

 ……冷や汗がドバッと滝のように噴き出ました。


 え、うそっ、等々等期さん……弱すぎでは!?

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