冒険者登録

 瑞希が声をかけた事により、狭いギルド内に静寂が訪れた。

 そんな中ギルド職員である女性が口を開いた。


「コホンッ……いらっしゃいませ! 冒険者の方でしょうか?」


「いや、冒険者ではないのですが、こちらの村に向かう途中にゴブリンを討伐しましたので報告に参りました」


「それでは討伐証明になる物はございますか?」


「これで良いですか?」


 瑞希は耳が入った袋を職員の女性に手渡した。


「では拝見致します。……確かに形の違う耳が十五匹分ござい……「小僧! これはどの辺りで狩ったゴブリンじゃ!?」」


 白髪の老父が職員の声を遮りながら瑞希に話しかける。


「うわぁ! びっくりした! えっと……。ココナ村から馬車で一時間程南に行った草原で群れに囲まれたので、討伐しました」


「ゴブリン共はどんな物を武器にしておった!?」


「確か、切れ味の悪そうな刃物とか、農作業で使う様な鍬みたいなのも使ってましたね」


「間違いない! うちの畑を襲ったゴブリン共じゃ!」


 爺さんは瑞希からゴブリンの特徴を聞き出すと、嬉しそうな声を爆発させる。


「わっはっは! 細い見た目をしておるのに大したもんじゃ! 冒険者じゃないみたいじゃがどうやってこんな数のゴブリンを狩ったんじゃ?」


 爺さんが瑞希の背中をバシバシと叩きながら笑顔で訊ねて来た所に、後ろで聞いていたシャオが自慢げに割り込んでくる。


「それはわしのま……むぐぐ!」


 機転を利かせたドマルが慌ててシャオの口を両手でふさいだ。


「えっと……秘密です。あまり人には教えたくないもので」


「そうかそうか! まぁ、わしゃゴブリンが居なくなったならそれでいいんじゃ! わっはっは!」


 シャオはドマルがいつまでも口を塞いでいる事に苛立ちが募り、ドマルの手をガブリと噛む。


「あいたたたたっ! シャオちゃん痛い痛い!」


「いふまでもわひに触れておるんひゃないわ!」


 ぷんぷんと怒るシャオの元に瑞希が歩み寄り、シャオの頭に手を置き、しゃがみ込むとこそこそと会話をする。


「シャオ~? 駄目だろドマルを噛んじゃ。ごめんなさいしな(魔法は秘密にするって言ったろ!)」


「急に触れてきたこやつが悪いのじゃ!(そんなめんどくさいもん忘れておったのじゃ)」


「ごめんなドマル! が……(ならここは黙って合わせてくれ。後で絶対美味い物作るから!)」


「すまんかったのじゃ……(約束じゃからな!)」


「あははは……良いんだよミズキ! シャオちゃんをびっくりさせたのは僕だしね」


 ドマルはそう言うと噛まれた手をプラプラしていた。瑞希達のやり取りが終わると女性職員が声をかけてくる。


「では、討伐依頼が出ていた内容ですので害獣駆除と、依頼達成の合わせた報酬をお渡ししたいのは山々なのですが、冒険者ライセンスはお持ちですか?」


「ドマルは持ってないのか?」


「僕は冒険者登録をしていないからね」


「では、当ギルドで貴方が登録するのはいかがでしょうか?」


 女性職員はにこにこと満面の笑みで瑞希に提案をする。


「ちょっと待て! 小僧がゴブリンを狩ったのはついでじゃろ!? 小僧に報酬を渡すならまだしも、なんでギルドに依頼料を渡さねばならんのじゃ!」


「うちのギルドだって依頼達成ノルマと冒険者登録ノルマがあるんです! ましてやこんな田舎じゃ冒険者になる人だっていないんですよ!?」


「そんな事は知るか! わしゃ小僧に報酬を渡しても、さっさとゴブリン共を狩らんかったお主らにはビタ一文払わんぞ!」


 二人がまた言い争いを始めたので、瑞希がため息をつきながら口をはさむ。


「あの~、まず報酬額はどれぐらいでしょうか?」


「ああん! ……ゴホン。貴方様が害獣駆除としてゴブリンは十五匹ですので、当ギルドから一匹に付き千コルお支払い致します。また、依頼報酬として四万コルお渡し致しますので、合わせて五万五千コルです」


「依頼報酬が四万コル!? わしゃギルドに五万コルも払っとるのじゃぞ!?」


「二割は仲介手数料なのよ!」


「待った待った! じゃあ冒険者登録に必要な試験とかはありますか?」


 女性職員荒い呼吸を整えてから瑞希の質問に答えた。


「……本来ならば簡単な依頼をこなしてもらい、達成出来たら初級冒険者として登録が可能ですが、貴方様の場合はすでにゴブリンの群れの討伐をしておりますので、当ギルドで登録して頂けるなら銅級冒険者として登録させて頂きます」


「それならここで冒険者登録をしますので宜しくお願いします」


「ではお名前をこちらに御記入ください」


 女性職員が一枚の用紙を瑞希に差し出す。

 瑞希には、用紙に書かれている文字が日本語で浮かび上がり、読めてはいるのだが、書くことが出来ないでいると女性職員が察してか声をかけてくる。


「文字が書けませんか?」


「すみません……不勉強なもので……」


「冒険者になる方で文字の読み書きが出来ない人は結構いますから大丈夫ですよ。でも依頼によっては不利になる場合もありますので、しっかりと文字の読み書きを覚えてくださいね? 宜しければそちらの本棚に簡単な読み書きの本がございますので、御自由にお使いください。では、代筆致しますのでお名前をお伺いしても宜しいですか?」


「ミズキ・キリハラと申します」


「ミズキ・キリハラ様ですね。ではキリハラ様、こちらに指紋をお願いします」


 瑞希はインクを指に着け、見慣れない文字で書かれた自分の名前の横に指紋を押し付ける。


「ありがとうございます。では少々お待ちください」


 そう言うと女性職員が銅色のプレートに手をかざし魔法を唱え始めた。


「我が望むは風なる刃……」


 瑞希の頬をそよ風が撫でる。


「お待たせいたしました。こちらのギルドプレートにはギルドの刻印と私の名前、キリハラ様の名前を私の魔力で彫らせていただきましたので、各地の冒険者ギルドに提示して頂きますと私の名前とプレートに残る魔力が証明になります」


 瑞希は差し出されたプレートを手に取り確認するが、竜に剣が刺さっている刻印と自分の名前と【テミル・バーズ】という名前が掘られていた。


「(文字が書けないのに読めるというのも変に思われるか……)」


「ではこちらが報酬の五万五千コルでございます」


 丸い銀貨と銅貨を五枚ずつ渡されると瑞希は白髪の爺さんに銀貨を一枚渡した。


「お待たせお爺さん。お爺さんは私に報酬を払っても良いんですよね? なら手数料の一万コルはおじいさんに返しますから、ギルドとの喧嘩はこれで終わりにしましょう!」


 爺さんは予期せぬ瑞希の行動に、驚いた表情で瑞希に詰め寄る。


「これでは小僧が損をするだけではないか!」


「そうでもないですよ? たまたまゴブリンを討伐して、たまたまココナ村に報告に来たら、たまたま依頼があっただけなので、追加報酬が頂けただけで私は満足です。それに依頼内容のおかげで銅級に成れましたので、それも運が良かったですね」


 爺さんは瑞希の言葉を聞くとプルプルと震えながら大声で叫ぶ。


「気に入った! 小僧! 今日はこの村に泊まるんじゃろ!? ならわしの宿に泊まれ! ただで泊めてやる!」


「本当ですか!? わははは! これもまた運が良かったですよね!」


 ギルド内には陽気で和やかな二人の男の笑い声が木霊していく。

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