<秘密> 8

目覚めた時、俺の心臓は激しく波打っていた。

汗で濡れた服が体に張り付いて気持ちが悪かった。

しかし、

それ以上の不快感が俺の下半身を襲っていた。

生暖かい液体が下着をべっとりと濡らしていた。


部屋の明かりが点いたままだった。

ベッドから起き上がり時計を確認すると

午前三時を回ったところだった。

俺は服を脱いでその服で体を拭いた。

それから汚れた下半身をティッシュで綺麗にした。


新しい下着を履いてパジャマに着替えた。

電気を消して俺はベッドに潜り込んだが、

すっかり眼が覚めていた。

夢は見る人の願望を表しているそうだ。

それにしてもなぜ大吾が。

俺は考えるのをやめた。

馬鹿馬鹿しい。

所詮は夢。


その時、

ふと俺は大吾の残したビデオテープの中に

「ヒーロー」

と書かれたラベルがあったことを思い出した。

結局これまで観る機会はなかったが、

もしあの「ヒーロー」という言葉が

一色拓海のことを表しているのだとしたら。

いや、きっとそうに違いない。

あのテープには一色の秘密が映されているのだ。


俺は急いでベッドから起き上がると

部屋の電気を点けた。

そして机の引き出しから

「ヒーロー」と書かれたテープを取り出した。



画面は若干揺れていた。

やや薄暗い屋内を撮影者はゆっくりと歩いていた。

周囲の様子から

そこが学校の廊下であることがわかった。

そして画面の暗さから、

放課後であることも推測できた。

画面が左に大きく振れて教室のドアが映された。

不意にそのドアが撮影者の手によって

慎重に開かれた。

画面は無人の教室をゆっくりと映していた。

それから映像はふたたび廊下へと戻った。

廊下を進むも、

すぐに隣の教室の前で止まった。

ドアが開かれふたたび無人の教室が映された。

しばらく映した後でまた廊下へと映像が戻った。

次の教室でもその次の教室でも

同じことが繰り返された。


映像の意図がまったくわからなかった。

一体この映像と一色拓海に何の関係があるのか。

もしくはまったく関係がなく、

俺の考えは見当違いなのか。

俺は早送りのボタンを押した。

映像が乱れて

何が映っているのか判断できなかった。

仕方なく俺はふたたび再生ボタンを押した。


画面は揺れながら階段を上っていた。

上の階へ到着してからも

先ほどと同じことが繰り返された。

教室のドアが映され、

無人の室内の映像が続く。

そして次の教室へ。

長く、そして変化のない映像に

俺は瞼が重くなるのを感じた。

その時、映像に変化があった。

正確には音である。

女の悲鳴のような声が一瞬、聞こえたのだ。

気のせいでないことは

画面が止まったことからもわかる。

撮影者である大吾もその声に反応したのだ。


「ああぁぁぁ~」

間髪を入れず、

ふたたび女の悲鳴にも似た声がした。

画面は薄暗い廊下を映していた。

大吾の足は完全に止まっていた。

大吾の緊張が画面から伝わってきた。


「ぁぁああぁぁぁ」

三度、女の叫び声がした。

声は画面奥、薄暗い廊下の向こうから聞こえた。

その時、

俺は「音楽室の幽霊」の話を思い出した。

ここが三階ならば、

一番西は「音楽室」である。


次の瞬間。


「あぁぁぁぁあぁあぁ」

という絶叫と共に画面が大きく揺れた。

すぐに揺れが収まって画面は薄暗い廊下を映した。

廊下はしんと静まり返っていた。

画面がゆっくりと前に進み始めた。

画面の揺れから、

大吾の手が震えているのがわかった。

腕力に物を言わせていても、

そこはやはり小学生だった。

どちらにせよ幽霊に暴力が通用するとは思えない。


「音楽室」に近づくにつれて

苦しそうな女の叫び声がはっきりと聞こえてきた。

その声は不規則な抑揚で

断続的に廊下に響いていた。

大吾の足が徐々にその速度を落としていた。

廊下の突き当りに「音楽室」のドアが見えた。

「あぁぁぁああぁぁぁ」

女の悲鳴はそのドアの向こうから聞こえていた。

ドアを目の前にして

大吾の足は完全に止まっていた。

大吾が大きく深呼吸をしたのがわかった。


「あぁぁぁぁぁあぁあぁあ」

女の声に交じって

ガタガタと机が震える音も聞こえる。

俺はごくりと唾を飲み込んだ。

画面に大吾の手が現れてそうっとドアを開いた。

僅かな隙間から中を映す。


見えた。


薄暗い教室の中で短い髪を振り乱しながら、

叫び声を上げている女の姿が

はっきりと画面に映っていた。


女は全裸だった。


白い肌が闇の中に浮かび上がり、

一種異様な雰囲気を醸し出していた。

そしてその光景は不気味さ以上に

官能的にさえ見えた。

非現実的な映像に俺の目は画面に釘付けになった。

女は両手を机について、

その華奢な体を必死に支えていた。

女の体が上下前後に揺れるたびに

小さな乳房が小刻みに震えた。

「あぁぁぁあぁぁあぁぁ」

女の口から嗚咽が漏れた。


その時、女の背後から手が伸びて、

女の左の乳房を鷲掴みにした。

ふたたび女が「あぁぁぁぁああぁ」と声を上げた。

女が右手で顔にかかる髪を払った。

その顔を見て俺はハッとした。


この女は。


次の瞬間、女の右肩から男の顔が覗いた。

その顔は俺をさらに驚かせた。


女が男の方を振り返ってその唇を貪る。

男の動きが激しさを増した。

「あぁぁぁぁあああぁぁぁあぁぁ」

女が両手を机の上で踏ん張りながら声を上げた。

同時に

「おおおおおおおぅぅぅ」

という男の声が重なった。

その刹那、女がぐったりと机に倒れ込んだ。

背後の男が女の体の上に重なって

肩で息をしていた。

男が女の背中をゆっくりと舐めてから体を離した。


女は音楽教師の池島千代。

男は一色拓海だった。

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