<秘密> 6

帰りの会が終わり、

何事もなく一日が終わろうとしていた。


翔太と洋はゲームの続きをするからと

二人で帰っていき、

茜は珍しく一人で教室を出ていった。

奥川は数人の女の子達と一緒に帰っていき、

相馬の姿はすでになかった。

誰もいなくなった教室で俺は机に座ったまま一人、

頭を抱えていた。


「へぇ、三組の教室ってこんな感じなんだ」

不意に少女の声がして俺は顔を上げた。

「愛」と呼ばれていた少女が教卓の前に立って

物珍しそうに室内を見回していた。

「どうしたの?

 そんなに驚かなくてもいいじゃない?」

考え事をしていたとはいえ、

俺は彼女が教室に入ってきたことに

全く気付かなかった。


「いや、

 まるで泥棒みたいな身のこなしだなと思ってさ」

「あら、可愛い女の子を捕まえて泥棒だなんて、

 失礼ね」

そう言って愛は髪をかき上げた。

「誉め言葉のつもりなんだけどな」

「あなた本当に変な人ね」

彼女は「あはは」と笑った。

そして俺の胸はまたチクリと痛んだ。


「それよりどうしたんだ?

 今日初めて言葉を交わした女の子が

 わざわざ訪ねてくるほど

 俺は魅力的な男ではないけどな」

「私、そういう話し方をする人、

 嫌いじゃないわよ」

「大人を揶揄うなよ」

彼女は一瞬固まったが、それは俺も同じだった。

一度口に出した言葉は決して元には戻せない。


「うーん。あなた、ギャグのセンスはいまいちね」

どうやら俺の失言は冗談と思われたようで、

俺はホッと胸を撫で下ろした。

「ま、いいわ。

 それより、拓ちゃんのことで話があるんだけど」

その言葉で俺の頭のスイッチが入った。


「その前にまだ自己紹介をしてなかったわね。

 私は西園愛」

「えっと、俺は・・」

俺が言いかけたところで、

「『あっくん』でしょ?

 転校生って自分が思ってるよりも目立つのよ」

と言って西園愛は右手でピースサインを作った。


「ねえ、昼休みにあなた、言ってたでしょ?

 何か変わったことはなかったかって」

俺は頷いた。

「実はね。

 六時間目の授業の始めに拓ちゃんがね・・」

そう言って彼女はパンッと教卓に両手をついた。

俺はごくりと唾を飲み込んだ。



六時間目の授業が始まると、

普段の軽いノリとは違って、

一色は若干真面目な面持ちで子供達の前に立った。


「今朝、先生の机に封筒が置いてあった」

一色はそう言って子供達を見渡した。

「この中にソレを置いた者がいたら手を挙げろー」

しばらく待っても誰も手を挙げる者はいなかった。

「封筒の中にはコレが入っていた」

一色はポケットから一枚の紙を取り出しすと

ヒラヒラと皆の前で見せた。

「もう一度聞くぞ。

 コレを先生の机に置いた者は誰だー?」

それでも誰も手を挙げなかった。

子供達は

お互いの顔をキョロキョロと確認していた。

一色は紙を教卓に置くと、

胸ポケットから櫛を取り出して髪にあてた。

そして徐に紙を読みあげた。


「お前が猿田権造を殺し

 自殺に見せかけるために

 遺書を書いたことを知っている」


一瞬にして室内が騒がしくなった。

そんな生徒達を一色は黙って見ていた。

そしてある程度室内が静かになってから

一色は話を続けた。

「先生は悲しいぞ。

 六年生にもなれば、

 人の死を冗談や悪戯に使うことが

 良いことか悪いことか考えたらわかるはずだ。

 今日は犯人探しはしないが、

 次にこういう悪戯をしたら

 その時は徹底的に犯人を探す。

 いいな」

そして一色は紙を破るとゴミ箱に捨てた。



「ね、変でしょ?

 帰りの会が終わってから皆で話したけど、

 私達のクラスには

 本当にそんなことをした子はいないの」

そこで彼女はハッとした表情で俺を見た。

「まさか、手紙を書いた人ってあなた?」

やはり女の勘は侮れない。

それでもこうした場面では

俺の方が一枚上手だった。

「そんなわけないだろ。

 どうして俺が、

 よく知りもしない一色先生に

 そんなことをするんだよ。

 俺はただ一色先生の様子が

 いつもと違うなって思っただけさ」

「たしかに、そうね」

彼女は俺の言葉の矛盾には気付かないようで

素直に頷いた。

そして

「なら、誰があんな悪戯をしたのかしら」

と首を傾げた。

「さあな。

 それよりまた何か変わったことがあったら

 教えてくれよ」

考え込んでいる彼女を残して俺は教室を出た。

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