<秘密> 3

十二月四日。月曜日。

人は誰もが仮面をつけて生きている。

そしてその下には

他人に決して見せることのできない素顔が

隠されている。


この日の朝、俺は鬱々とした気分のまま家を出た。


学校に着いてからも心は晴れず、

午前中の授業は上の空だった。

何度かナカマイ先生と目が合ったが、

そのたびに俺は居心地の悪さを感じた。

それでも、彼女が何か言ってくることはなかった。


昼休みが始まり、

いつものように子供達は

教室から駆け出していった。

今日は、皆で大縄跳びをすることになっていた。

珍しく相馬と池田も参加するようで、

教室に二人の姿はなかった。

俺は一人でベランダに出た。


手摺の上で腕を組んで

その腕に顔を乗せると自然と溜息が漏れた。

子供達の元気な様子を眺めていると、

無性に煙草が吸いたくなった。

その時、背後に人の気配がした。

振り返ると洋が立っていた。

「ひ、洋か。

 驚かすなよ。

 どうしたんだ?グランドに行かないのか?」

「わ、悪ぃ。実はあっくんに話があってさ」

そう言って洋はきまりが悪そうに頭を掻いた。


「あ、茜ちゃんのことなんだけどさ」

俺は洋が何を言い出すのかと身構えた。

「前に、あっくんに言ったろ?

 茜ちゃんのことが気になるって」

洋は大きく息を吐いて手摺に寄りかかった。

「そのことを誰かに話した?

 例えば翔太とかに」

俺は首を横に振った。

「そっか。

 ま、それなら良いんだけどさ。

 実は翔太が気付いてるようなんだ。

 普段はのろまなくせに

 こういう勘は鋭いんだよな」

意外だった。

「でさ。翔太の奴、

 俺に気を使って茜ちゃんのことを

 諦めようとしてるんじゃないかな。

 最近の翔太を見てるとそう思うんだ」

その言葉に俺は数日前の翔太の様子を思い出した。

翔太は誰よりも心優しい少年だった。

もし翔太が洋の気持ちに気付いていたとしたら。

翔太が茜から身を引く可能性は十分考えられた。


洋は目を細めて遠くを見ていた。

「俺さ。考えたんだ。

 茜ちゃんのことは気になるけど、

 やっぱり翔太も大切な友達だろ?」

俺は黙って頷いた。

それから俺は洋から視線を外して

グランドに目を向けた。

丁度、茜が大縄跳びの輪の中に入るところだった。

茜が縄に足を取られて倒れそうになるのを

すかさず翔太が横で支えていた。


「俺、茜ちゃんを諦めることにしたぜ、

 ひっひっひ」

そう言って洋は大袈裟に笑った。

その時、

洋がそっと目尻を拭ったのが視界の端に見えた。


「洋。お前はいい男だよ」

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