490.無数のリコリス〜ヘインズside

「ヘインズ!

毒は本当に大丈夫なんだな!

残りを仕留めにいく!」


 他の奴らが縛られた蜂に止めを刺すのを横目に、ウジーラ嬢が俺に声をかけた。


 ここらにいる蜂型魔獣の内、残るはクイーン・ビーのみ。


 けど、こいつはただの女王蜂じゃない。

ありきたりな女王蜂は、働き蜂よりデカいが、動きは劣る。

毒もなく、産卵に特化してる。


 クイーン・ビーは違う。

まさかこんな不利な状況で、滅多にお目にかからねえ危険な魔獣が現れるなんてな。


 一緒にいた2匹の蜂。

あいつらは働き蜂だ。

クイーン・ビーの大きさは、働き蜂と変わらねえ。


 なのに動きは働き蜂より早く、毒も持ってやがる。


「毒は問題ねえ!

体に細工してある!」

「細工?!」


 確かにさっきクイーン・ビーに刺された背中が、ジワジワ熱感に苛まれてる。

でも理由はわかんねえが、右腕に仕こまれた誓約紋が毒の進行を抑えてんだ。


 もちろん誓約紋は、あの破廉恥小説家に仕こまれたやつ。

誓約に抵触した時はえげつない痛みを与えるが、無毒化とまでいかなくても毒を抑えてくれんのは嬉しい誤算。


「そういう事だ! 囮と撹乱役の蜂はもういねえ! いくらクイーン・ビーが高速で飛んでも、落ち着いて追えば殺れる!」


 その時、パキンと何かが割れるような高音の音が響いた。


 けど今は何の音か確認する余裕はねえ。

俺と違ってウジーラ嬢は鍛えちゃいても、体重の軽い女性だ。

それに今まで魔獣の相手してきた疲労も蓄積してってる。


 クイーン・ビーを斬り伏せたと思っても、元々硬い外殻に覆われてれば、剣を弾かれる事もある。


 俺だって徐々に疲労が蓄積してる。

長引かせるわけには……。


「薄赤い方の結界が消えました!

生活魔法なら使えます!

神官達はクイーン・ビーがお2人に向かって真っ直ぐ向かうよう、共同障壁を!

お2人の背後は、他の方が一丸となって守って下さい!

生活魔法レベルと言っても、高位貴族の方々。

威力は落ちても攻撃魔法は発現できますね!」


 亜麻色の髪した上位神官が叫ぶのを聞いて、俺とウジーラ嬢は他の奴らを背後にする立ち位置へ移動する。


 神官達は治癒と防御の魔法に特化した、後方支援に長けてる。

普段なら上位神官は、障壁どころか結界も普通に発動できるんだろうな。


 でも今は生活魔法レベルに制限された状況だ。

神官達が総出で小規模の障壁を張るのが精一杯って事か。


 魔法具のストックを切らした学生達は1番後ろに回り、高位貴族達で俺とウジーラ嬢の背後を守る陣形が出来上がる。


 剣を持った他の奴らは、いつ他の魔獣が出ても後方支援組を守れるように立つ。


「今です!」


 上位神官が叫び、神官達の作る障壁をタイミング良く発動。

狙い通りにクイーン・ビーが障壁の作る一直線の通路に入った。


「「うおぉぉぉぉぉ!」」


 2人して叫び、ウジーラ嬢が一瞬早く硬い外殻に剣を走らせた。

俺はその勢いに加勢する形で剣を打ちつける。


 多少の刃こぼれなんぞ、気にしてられるか!


 しっかり手応えを感じながら、2人で剣を振り切った。


――キシャァァァァ!


 断末魔のような叫び声を上げたクイーン・ビー。

真っ二つになりながら少しの間もがき、その後絶命した。


 その時、どこからともなく地響きが聞こえた。


「お、おい!

あれ!」

「ヒィ!

大量の魔獣達がこっちに向かってきましたわ!」

「速すぎるだろう!」


 後ろが騒がしくなり、まさかと振り返る。


「んだよ、こんな校舎の中で……」


 多種多様な魔獣達が何かから逃げるようにして、一斉にこっちに向かって突っこんできてるのが見えた。


 押し合い、壁に押し潰されたり、踏まれたりしながら、隙間なく廊下を埋めて走ってやがる。


「お、終わった……」


 誰かが呟くのが聞こえたが、全員が絶望したのだけは間違いなかった。


 その時だ。

校舎中が白色に埋めつくされた。


「へ?

花?」

「リコリス?

でも白い……」

「見ろ!

魔獣の動きが止まった!」


 無数のリコリスが床はもちろん、天井にも壁にも花を咲かせる。

それを踏み潰しながら進んでいた魔獣達が、徐々に動きを止めた。


 やがて花々が、風もないのに白い花弁を散らせ始める。

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